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□ホワイトデーの小さな野望
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「バレンタインのお返しは何がいい?」
 三月になったばかりのある日、応接室に呼び出された沢田綱吉は、雲雀恭弥にいきなりそう切り出された。
「え?…あ…え〜と…」
 バレンタイン、綱吉は雲雀にチョコレートを贈った。義理ではなく本命を、本人に直接好きだと伝えて渡したのだから綱吉的には非常に頑張ったと言える。しかも玉砕覚悟だったこの告白で、二人はお付き合いをすることになった。
 恋人からホワイトデーにお返しを貰えても不思議ではない。だが綱吉は、貰えるとは思っていなかった。付き合うことにはなったが、今日までそれらしいことはあまりしていない。雲雀が恋人であるという実感なんてほぼ皆無だった。なので正直、嬉しさよりも、まだ戸惑いの方が大きい。
「僕は女の子に何をあげたらいいかなんて分からないし、君に欲しいものがあればその方が良いかと思ったんだけど」
「えと…欲しいもの…ですか?」
 と言われても、すぐには思いつかない。
「え〜と、え〜……」
 悩んでいると、誰かが部屋のドアをノックする音が響いた。緊急を要する何かがあったらしく、風紀委員が慌てた様子で部屋に入ってくる。
 これはどうやら、自分がここに居ると邪魔になりそうだ。
「あの、雲雀さん。俺、そろそろ行きますね」
「ああ、うん。ごめん。お返し、何が良いか考えておいて」
「はい…」
 雲雀とはいつもこんな感じだ。風紀委員の仕事は思った以上に忙しいらしく、二人きりで長く居られたためしがない。ホワイトデーは嬉しいのだが、できればもう少し普段から一緒に居たい。そう思うのは贅沢だろうか。
「…あ…そうだ。うん、頼んでみよう」
 寂しく応接室を出た綱吉は、ホワイトデーのプレゼントを思いつく。

 ダメって言われちゃうかもだけど…

 もしも叶ったら、ずっとしてみたかったアレも頼んでみようと、綱吉は思いついたお願いに期待を膨らませた。





 三月十四日。ホワイトデーの今日、綱吉は朝からソワソワしていた。例のプレゼントを、雲雀はあげると約束してくれたからだ。
 いつも以上に上の空な授業を終えて、友人達とさよならの挨拶もそこそこに、綱吉は応接室へと向かう。そこには雲雀が待っていて、やってきた綱吉を迎え入れてくれた。
 二つ置かれたソファーに向かい合わせで座り、お菓子とお茶を頂きながらたわいない話をする。話すのは綱吉ばかりだったが、それでも彼女は幸せだった。それは、これが綱吉の希望したプレゼントだったからだ。
 応接室で良いから、二人きりの時間をください。
 そのお願いはあっさりと承諾して貰えた。放課後、下校時間までの間、雲雀と綱吉は二人っきりだ。
 テーブルを挟んだ向かい側でお茶を飲む雲雀を見ていると、ついつい顔がにやける。

 雲雀さんてやっぱりキレイだよなぁ…

 こうして雲雀を眺めているだけでも嬉しいのだが、綱吉にはちょっとした野望があった。
「あ、あの…」
 その野望の第一歩の為、綱吉は立ち上がる。
「と、と…隣…に座ってもいいですか!?」
 ちょっと声が裏返ってしまった。これを言うだけでも、随分勇気を振り絞ったのだから仕方ない。
「…好きにしなよ」
 雲雀はその唐突なお願いに少し驚いた様子だったが、そう言ってくれたので、綱吉はお茶のカップを持って、いそいそと場所を移動する。
 ポスンと座った場所は雲雀との距離、十センチ。ちょっと近過ぎてドキドキするが、野望の為にはこのくらいの近さは必要だ。
 何気ないフリをしながらお茶を口に運び、とりあえず心を落ち着かせてと思ったが、この状況で落ち着けるワケがない。
 そうしているうちに、下校時間が間近に迫ってきた。もう躊躇っている場合ではない。
「雲雀さん!」
「…なに?」
 綱吉は勇気を振り絞り、この数日間ずっと考えていた野望を叫んだ。

「手を、繋いでいいですか!?」

 野望と言うには少し…いや、かなりささやか過ぎる気もするが、綱吉にしてみれば、それこそ清水の舞台から飛び降りる覚悟のお願いだ。
 言った後、恐る恐る雲雀を見れば、今度はかなり驚いていた。しかしそれは僅かな間で、見開いていた切れ長の目は深い溜め息と共に閉じられる。
「…あ…」
 綱吉はしまったと思った。調子に乗りすぎたのだと後悔するが、目を開けた雲雀は、スッと手を差し出してくる。
「好きにしていいって言ったよね。この時間は君にあげたんだから、遠慮は必要ないよ」
 雲雀の差し出された手をジッと見詰めていた綱吉は、一瞬だけ泣きそうな顔になってから、ふにゃんと笑った。
「…はい」
 手と手が重なる。雲雀の手は暖かで、おずおずと握ると握り返された。
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