◇◇

□素敵なトナカイさん
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 この日の風は、身を切るような冷たさだった。それでもクリスマスを三日後に控えている街は、いつもより活気付いている。
「ふぁ…クシュッ」
 しかしそれでも寒いものは寒い。サンタクロース姿でチラシ配りをしていた少女が、堪えきれずに可愛いくしゃみをした。
 少女の名は沢田綱吉。今年高校生になった彼女にとって、このチラシ配りは初めてアルバイトだ。しかし今、綱吉は仕事をするということの厳しさを文字通り体感していた。
 この仕事、とにかく寒い。サンタクロースと言っても、女性用のワンピースでかなりミニ。生地だってあまり厚くないのに上着の着用は駄目。タイツやレギンスの類もやはり駄目で寒風吹き荒ぶ中、これはかなりキツかった。
 しかしそれでも、綱吉にはアルバイトをしたい理由がある。中学生時代からお付き合いをしている雲雀恭弥へのクリスマスプレゼント資金を稼ぎたいのだ。
 ちょっと気合いの入ったプレゼントをしたいと綱吉は張り切っている。五月にあった雲雀の誕生日のときはまだ高校生活に慣れておらず、バイトどころではなかったのでクリスマスこそはとずっと思っていた。
 とはいえ、初めてのバイト探しは慣れないことばかり。しかも雲雀には内緒にしておきたかった綱吉は、並盛外でバイト先を探した為、更に手間取り気付けばクリスマスは間近。そんな時、期間限定のこのバイトを見つけた。
 イブ前日まで三日間のみのチラシ配り。これなら自分にもできるだろうと簡単に考えた綱吉だが、どんな仕事でも働くのは大変だった。しかし、ここで挫けていたら雲雀に良いプレゼントは買えない。綱吉はプルプルと震えながら、それでも笑顔でチラシを配る。
 だが、そこに容赦なく強い風が渦を巻き吹き付けてきた。
「うひゃあっ」
 冷たさに加え、風は短いスカートも巻き上げようとする。慌てて押さえるが、とっさのことで上手くいかない。あわやパンツ丸見えという時、捲れるスカートをモコモコした何かが押さえた。
「ふぇ?」
 その茶色のモコモコは手だった。正確に言えば、なにかモコモコしたものを着用している誰かの手。綱吉は手の持ち主をゆっくりと見上げる。
「トナ…カイ…?」
 そこにはトナカイが居た。これまた正確に言えば、トナカイの着ぐるみを着た誰かだが…
「え〜と…あの、ありがとうございます」
 トナカイの着ぐるみには驚いたが、助けてくれたのは間違いない。お礼を言うと、トナカイはスカートから手を離した。だが、何も言わずしかも動かない。綱吉を見つめているようだった。
「え?…あの…?」
 綱吉は自分が何かマズいことをしたのだろうかと不安になったが、しばらくするとトナカイはフイと視線を外し、くるりと後ろを向いた。そのまま立ち去るのかと思ったが、何故か動かない。
 訳が分からずトナカイを見上げた綱吉は、ふと、その背中に既視感を覚える。前から知っている気がしたのだが、トナカイの着ぐるみを着た人をこんな風に見上げたのは初めての筈だ。
 その奇妙な既視感にぼーっとしてしまう綱吉。すると、トナカイが振り向いてチラシを指した。配らなくて良いのかと言いたいらしい。
「あ…すみません!」
 ぼーっとしている場合ではない。とりあえず仕事優先だ。トナカイと背中合わせの形になって、チラシ配りを再開する。しかし何かが先程とは明らかに違った。

 風が弱くなった?

 随分と寒さが和らいだ気がする。しかしそれは、風が弱まった為ではない。

 もしかして、このトナカイさん…

 トナカイが風除けになってくれていた。
 親切なトナカイに、綱吉は身も心もあったかくなる。寒さを忘れてチラシ配りを続けられ、無事に一日のノルマをこなすことができた。
「あの、ありがとうござ…あれ?」
 ずっと風除けでいてくれたトナカイにお礼を言おうと振り返った綱吉だが、そこにトナカイの姿はなく、辺りを見回しても姿は見えない。
「お礼…言いたかったのにな」
 何故すぐに居なくなってしまったのだろうか。もしかしたら知り合いだったのかもと思ったが、確信はない。
 そんなことを考えているうちに、再び冷たい風が吹き付けてきた。明日もこのバイトだ。体調は崩せない。
 トナカイのことは後でゆっくりと考えることにして、綱吉は寒いその場から早く離れることにした。





 アルバイト二日目。この日もやはり寒かった。朝からの冷え込みに嫌な予感はしていたが、もしかしたら昨日よりも寒いかもしれない。サンタクロースの服の下に、かなり着込んでカイロも貼ってきた綱吉だが、剥き出しの素足に冷たい風は容赦なかった。
「寒〜い…」
 と言ってみても、どうにもならない。今日はあのトナカイはいないのだ。耐えるしかない。
「う〜…よしっ寒くない!」
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