◇◇

□飴玉ひとつ
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「沢田綱吉」
「は、はい!」
「手、出して」
「はい?」

 昼休み、沢田綱吉は友人達と楽しくお弁当を食べていた。そこへ突然、雲雀恭弥がやってきて、何の前振りもなく手を出せという。この風紀委員長様は時折、突拍子もないことをしてくれるのだが、それに逆らえる者は少ない。綱吉も混乱はしていたが、とりあえず大人しく手を差し出した。
 すると、コロンと手の中に何かを落とされる。
「あげる」
「ふぇ?」
 綱吉は手の中の物と雲雀を交互に見た。
「お返しだよ」
 そう言うと、雲雀は来たときと同じく、唐突にその場から去って行ってしまう。
 事態を飲み込めないまま取り残された綱吉の手には、飴玉が一つ。
「お、お返し?」
「ツナちゃん。今日はホワイトデーだから、そのお返しなんじゃないかな?」
「…あ」
「そういえば、あげたって言ったわよね。チョコ」
「うん…」
 一緒にお弁当を食べていた笹川京子と黒川花に指摘され、綱吉は思い出す。いや、忘れていた訳ではないが、こんな風に返されるとは思っていなかった。返して貰えるとすら思っていなかった。
「良かったね。ツナちゃん」
「うん」
「でも飴玉一個ねぇ…お返しって言ってたけど、それって返事なの?」
 綱吉は、ずっと前から雲雀を密かに想っていた。しかし雲雀も今年で卒業だ。その前にせめて告白だけでもと、彼女にしては思い切ったのだ。
 とはいえ、結局直接言う勇気はなく、チョコレートに好きですと一言書いたカードを添えて渡しただけだ。それでもいっぱいいっぱいだった綱吉は、返事など訊く余裕もなく逃げるようにその場を立ち去ってしまった。
 その後、雲雀とはまともに会っていない。遠くから見かけることはあったが、彼はいつもと変わらなかった。きっと自分のことなど、歯牙にもかけてはいないのだろうと綱吉は思っていた。
「でも、あの雲雀さんだよ。嫌いだったり無関心だったりする相手にはお返しなんてしないんじゃないかな?」
 京子の言うことも、もっともだが、気まぐれな人だ。あまり深い意味はないのかもしれない。
「うん、でも…貰えただけで嬉しいから」
 綱吉は飴玉をそっと握り込む。
「これ、記念にずっと取っておくよ」
 ふにゃりと笑う綱吉。
「でもさ、一度きっちり雲雀恭弥に訊いてみた方が…いっ!?」
 良いんじゃないの?と続けようとした花だが、突然襲ってきた悪寒にビクリと体を震わせた。

「ガハハハハッ食べないんならランボさんが食べてやるもんね!」

 いつの間に入ったのか、沢田家の居候、ランボが机の上に飛び乗って来る。
 この我が儘な五歳児は飴玉が好物の一つだ。机から綱吉に飛び移ると、握っていた手を開かせて、あっという間に飴玉を奪い取ってしまう。
「なっ…ちょっとダメ…それはダメだ!」
「ランボちゃん!?ダメだよ」
 取り返そうとする綱吉と京子。その手をすり抜けて、ランボはヒョイヒョイと飛びながら飴玉を開けてしまう。包み紙をポイッと捨てて、口を大きく開けた。
「ダメッ!!」
 せっかく貰えた物なのに、こんな形でなくしたくはなかった。しかし綱吉の必死な想いも虚しく、飴玉は口の中に投げられる。
 だが、口に入る寸前、それは止められた。
 花が飴玉をキャッチし、ランボの首根っこを捕まえたからだ。
「ったく…これだからガキは嫌いなのよ」
 忌々しげにランボを放り投げる。その腕にはじんましんができていた。花は極度の子供嫌いで、近寄るだけで強い拒否反応を示す。それでも友人のために止めに入ったのだ。
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