.

□おつかいと約束
1ページ/2ページ




「はい、じゃあ、お願いね。恭弥君」
 奈々が渡した小さなポシェットを、小さな手が受け取る。
「うん、ちゃんとできたら、約束だからね」
「はいはい」
 奈々は返事をしながら、その可愛らしさにクスクスと笑う。
「おかあさん。これかわいいね。ツナもほしいな〜」
「あら、大丈夫よ。ツナにもちゃあんと作ってあるから」
 そう言って、奈々はさっきの物とは色違いのポシェットを、もう一つの小さな手に持たせてあげた。
「恭弥君のにはお金、ツナのには何を買ってくるか書いたメモが入っているわ」
 奈々は二人を交互に見ながら説明をする。
 恭弥と綱吉。奈々の子供は娘の綱吉で、恭弥は同じ幼稚園の一つ上だ。最近仲良くなって、家にもよく遊びに来る。普段は娘と二人だけのことが多い家が賑やかになると、奈々も恭弥を喜んで迎え入れていた。
 そんなある日。
「おばさん。つなよしをぼくのお嫁さんにちょうだい」
 と、恭弥がお願いしてきた。奈々はあらあらと微笑むと、恭弥にピタリと寄り添っている綱吉に目を向ける。
「ツナは恭弥君のお嫁さんになりたいの?」
 すると綱吉は、満面の笑顔でコクリと頷いた。
「うん、ツナはきょうやくんのおよめさんになる!」
 お嫁さんの意味など理解してはいないかもしれないが、綱吉は大好きな恭弥とならなんだって楽しいらしい。
 お互い大好きなのは見ていれば分かる。そんな二人の可愛いお願いだ。当然今すぐ承諾しても良いのだが…
 ふと、ちょっとしたイタズラ心が湧き上がる。それに、二人にお揃いでと作り、昨日完成したポシェットを使って貰うチャンスだと奈々は綱吉をお嫁さんにする条件に、おつかいを頼むことにした。
 買ってくるのは玉子、牛乳、バター。幼稚園児に牛乳はちょっと重いかもしれないが、これは綱吉をお嫁さんにするための言わば試練だ。頑張ってもらわなければ、それらしくない。
「じゃあ、いってきます」
「いってきます!」
「はい、いってらっしゃい。気を付けてね」
 家の前で二人を見送った奈々は、玄関まで戻ると家には入らず、そのまま鍵を掛けた。いくら恭弥がしっかりした子供でも、幼稚園児だけで行かせるわけにはいかない。こっそり後を着けるのだ。
 バレないように距離をとって、小さな一組の背中を追う。
「ホント可愛いわね〜」
 しっかりと手を繋ぎ、ポテポテと歩く恭弥と綱吉は後ろ姿だけでも可愛らしい。その微笑ましい光景に、すれ違う人々も笑顔だ。
 しかし、最初の試練はすぐにやってきた。綱吉はソレを見た途端、ビクリと身を堅くする。その様子に、恭弥も警戒心を露わにした。
 道の向こう側から大きな犬がやってくる。もちろん飼い主がリードを持っているし、しっかりと躾もされている様子なのだが、チワワに吠えられただけで泣いてしまう気の弱い綱吉には、大型犬など熊みたいなものなのかもしれない。
 半泣きで足を止めてしまった綱吉。恭弥はその手をギュッと握りしめて、大丈夫と笑った。
「ぼくがいるよ。つなよしは、ぼくがぜったいに守るから」
「きょうやくん…」
 力強いその言葉に、綱吉も覚悟を決めたのかコクンと頷く。
 恭弥は綱吉を守るように、綱吉はそんな恭弥にピタリと寄り添って、恐ろしい魔犬…いや、普通に散歩しているワンコの横を通り過ぎる。
「ね、だいじょうぶだったよ」
「うんっすごいね!きょうやくん!」
 すごいもなにも、何もなかったのだから当たり前なのだが、あの時あの瞬間、小さな冒険者達にとって、あの犬は確かに恐ろしい魔犬だったのだろう。
 そんな試練を乗り越えて、恭弥と綱吉は無事にご近所のスーパーへと到着した。
 買い物は奈々が思っていた以上にスムーズに進む。綱吉だけならば、どこに何があるのか分からずウロウロしてしまっただろうが、恭弥は少し歩いただけで大まかな商品の配列を理解したらしい。次々と頼まれた品物を見つけ出した。
「さっすが恭弥君」
 物陰からその様子を見守っていた奈々は、感嘆の声をあげる。賢い子だとは思っていたが、予想以上だ。
「それにしてもツナったら恭弥君と一緒だとワガママ言わないのね」
 いつもならお菓子をねだるくせにと奈々は苦笑する。今の綱吉ときたら、恭弥しか見ていないのだ。
「ホントに恭弥君大好きなのね」
 娘の可愛い恋心に、母の顔は緩む。まだまだ幼いけれど、一途な恋が実れば良いと願った。未来のことなど分からないが、できればこれからもずっとあの二人を見守っていきたいと奈々は思っている。
 仲良く買い物を続けていた恭弥と綱吉だったが、レジで会計を済ませた後に何やら軽く揉めていた。
「つなよしにはムリだよ」
「だいじょうぶだよ。もてるよ!」
 どうやら買った物の中から一つ持つと綱吉が言い出したらしい。そこで恭弥は一番軽いバターを持たせようとしたのだが、玉子か牛乳を持つのだと綱吉は譲らない。
 綱吉は恭弥を手伝いたいのだろう。しかし玉子も牛乳も重い。恭弥はあまり持たせたくはないのだが、綱吉は意外と頑固なところがある。こうなると、なかなか言うことを訊いてくれない。
 考えた末、恭弥は玉子を綱吉に渡した。牛乳よりは玉子の方がまだ軽い。
「気をつけてね」
「うん!」
 恭弥のお手伝いができることが嬉しいのだろう。満面の笑顔で頷くと、綱吉は言われた通り気をつけて歩き出す。そんな綱吉に気を配りながら、恭弥もその後に続いた。
 スーパーを出てから暫くは何事もなく、玉子を持っていても綱吉の歩き方は安定している。ちょっとハラハラしながらその様子を見ていた奈々も、これならば無事に帰り着くことができそうだと安堵した。恭弥も同じように考えたのだろう。少し緊張気味だった表情も今は和らいでいる。
 だが、人生油断は禁物だ。
 それは十字路に差し掛かった時のこと。通りの角から小学生くらいの男の子が飛び出してきた。直接当たったのではないが、驚いた綱吉は思わず一歩下がった。するとそこには、小石が転がっていたのだ。綱吉はこういう時の運に、どうにも見放されているらしい。一番滑りやすい角度で小石を踏み、そのまま体制を崩してしまった。
「あ…」
「つなよし!」
 転びかけた綱吉を恭弥がとっさに支える。おかげで尻餅をつかずに済んだが、よろけた拍子に玉子を持っていた手を緩めてしまった。
 スルリと落ちて行く玉子。恭弥もそれに気付いたが、綱吉を助けることの方が先決で玉子にまでは手が届かない。
 ペシャ…
 殻が潰れる軽い音がした。綱吉は何も持っていない自分の手を呆然と眺めた後、落ちた玉子に視線を落とす。そして、ゆっくりと恭弥の方を振り向いた。その目には涙が溜まっている。
「あ…う…」
「だ、だいじょうぶだよ!」
 恭弥は慌てて玉子を拾うと、その状態を確かめた。思ったほどの被害はなく、割れているのはせいぜい二、三個だ。
「ほら、ぜんぶわれてないし、パックから、なかみは出てないからだいじょうぶだよ」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ