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□草壁哲矢シリーズ
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『草壁哲矢の苦悩』



 草壁哲矢、並盛中風紀副委員長。並盛において、恐怖の代名詞とまで言われている雲雀恭弥の腹心の部下。
 彼は、見た目は細身な美少年の雲雀と違い、如何にもな容姿の持ち主であった。
 中学生にしては大柄な体格や厳つい顔は、一言で言ってしまえばゴツい。噂のみでしか並盛の風紀委員長を知らない者からは、よく雲雀と間違えられたりもする。
 そんな草壁が周りから一目置かれている理由は、その外見からではなく、曲がりなりにもあの雲雀から信頼されている、という事実からだった。
 しかし、当の本人は大したことと捉えてはいない。委員長がありったけの愛情を注ぐかの少女に比べたら、自分の得た信頼など差ほどのものではないと思っていた。
 それでも、今の状況は草壁であったからこそ許されているものだろう。
 応接室、ソファーに座る草壁の向かいには、やはりソファーに座り、教科書とノートを広げて課題に悪戦苦闘する雲雀の最愛の少女、沢田綱吉がいた。
 本来ならば、草壁の位置にいるのは雲雀の筈だったのだが、外せない用事ができてしまった為に、苦い顔で綱吉の勉強を見るように言いおいていったのだ。

「沢田さん、そこは違います」
「え!?うそ、どこ?どこですか!?」

 あたふたとノートを見直す綱吉を、草壁は微笑ましく見守る。可愛いとは思っているが、それは恋愛感情ではなく、妹のような家族に対するものに近い。綱吉も同じで、彼女が草壁に向ける笑顔に親愛あっても恋慕はない。
 だからこの時も、自分をじっと見詰めてくる綱吉に、草壁は妙な誤解などせずに、どうかしましたか?と冷静に問い掛けた。
 綱吉はにーっこり笑う。そしてキラキラと目を輝かせながら、自分が思い付いたままを無邪気に話した。

「俺ね、草壁さんがお父さんだったら良かったなって思うんです!」

 …お父さん。

 草壁は一瞬、言葉の意味を飲み込めなかった。

 お父さん、お父さん……お父さん!?

「だって俺の父さんってすごいだらしないんですよ。家のこともほったらかしで…」
 草壁の動揺を余所に、綱吉は実父のいい加減さを力説する。
「草壁さんだったら優しいし、何よりしっかりしてるから…お父さんだったらいいなぁって…」
 えへへ、と悪びれなく笑う綱吉に、草壁もそうですか、と笑い返す。もっとも、その笑いは微妙に引きつったものだったのだが…

 カチャ…


 唐突にした微かな物音に、草壁と綱吉がドアを見れば、用を終えて戻ってきた雲雀がそこにいた。

「おかえりなさい、雲雀さん!」

 綱吉の声が弾む。ふわりとした笑顔は、まさに花が綻ぶように可憐だ。雲雀も綱吉に、他では決して見せない柔らかな微笑みを浮かべて、ただいまと返した。
 草壁は立ち上がった。
 綱吉の課題はもうすぐ終わる。この後は二人のイチャイチャタイムだ。少しでも邪魔になることをすれば、草壁といえども容赦なくトンファーの餌食になるだろう。早く退出するに限る。
「では、沢田さん。俺はこれで…」
「あ、はい。勉強見てくれてありがとうございます」
 礼を言う綱吉に一礼し、雲雀に深々と頭を下げてその横を通り過ぎようとしたときだった。

「ぷ…」

 堪えきれないように吹き出された笑いがした。声を押し殺し、肩を微かに振るわせる雲雀。彼がそんな風に笑うなど、大変珍しいことだ。
 しかし、草壁はその珍しさに驚く余裕はなかった。

 お父さん…

 吹き出した後に、小さく小さく呟かれた言葉を草壁は耳に入れてしまったのだ。
 何とも居たたまれない気持ちになり、草壁は、失礼します!と逃げるように応接室を後にした。
 走り去る草壁の背中を、とうとう我慢できなくなった雲雀の笑い声が無情に叩いた。

 委員長も沢田さんもヒドいです!!

 草壁哲矢、並盛中風紀副委員長。並盛において、恐怖の代名詞とまで言われている雲雀恭弥の腹心の部下。
 それでも、ひとつ年下なだけの女の子にお父さんと言われ、敬愛する委員長に笑われ、ちょっぴり傷付いた彼は老け顔を気にするナイーヴな十四歳の少年だった。






オマケ?

 綱吉は呆然としていた。
 珍しく、本当に珍しく声を立てて笑う雲雀。そして急に走り去ってしまった草壁…何が何だか解らない。
 雲雀はそんな綱吉の髪を、わしゃわしゃと撫でる。
「君は本当に面白いね」
 綱吉は撫でられながら、この事態の理由を難しい顔で考え込んだ。
 あ、と声を上げる。
「そうか…ダメツナなんてよばれてる俺みたいなのが草壁さんの娘じゃおかしいですよね…」
 しゅんとした綱吉だが、この的外れな思い違いは更に雲雀のツボにハマったらしく、彼女の肩に頭を置いて笑い続けた。
 そして流石に笑いすぎたと思ったのか、これまた珍しく、こうフォローした。

「お父さんじゃなくてお兄さんにしてあげなよ」

 と…

end



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