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□酔っ払いに要注意
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 宵闇の学校。辺りは静寂に包まれ、人影一つ見えない廊下を、雲雀恭弥は歩いていた。一日の締め括りに学校内を見回るのが彼の日課だ。前はよく残って騒ぐ生徒もいたのだが、雲雀が容赦なく叩き出すものだから今では余程のことがない限り、この時間に残っている生徒はいない。
 このままいつものように、何事もなく見回りは終了するかと思われた、のだが…
 笑い声が突然響き渡る。高い少女の声。薄暗い校舎に響くそれは妙に陽気で、不気味と言えば不気味だったがそんなことを気にする雲雀ではない。形の良い眉をしかめ、声のする方へと向かう。
 角を曲がるとそこはすぐに見つかった。並ぶ教室の一つ、そこにだけ明かりが煌々と点いていた。
 笑い声の主を咬み殺すべく、雲雀は勢い良く引き戸を開け…

 開け、その光景を見た途端、雲雀は固まった。振るわれる筈の彼愛用の武器はその姿さえ見せず、驚きに目を見張るという雲雀にしては珍しい表情で数秒間。そしてソレはやっと言葉になる。

「な…に…やってるの、君…」

 笑い声の主である女生徒は見知った顔であった。
 沢田綱吉。厳めしい名だがれっきとした女の子だ。
 強いのか弱いのか、よく解らないこの少女のことを、最近雲雀は妙に気にしていた。
 最初は彼女の側にいる赤ん坊に興味があったのだが、いつの間にか彼女の方ばかりが気になるようになった。気が付けば目で追うのに、雲雀曰わく、駄犬と野球バカ、が一緒だとイライラする。

 この感情に付ける名を、雲雀まだは知らない。

 その少女が今、目の前にいる。しかし当然それだけでは雲雀もここまで驚きはしない。
 問題は彼女の格好だった。綱吉は上半身、下着以外なにも身に着けていなかったのだ。しかも、そんな格好で床にペタンと座り込み、陽気に笑う彼女は明らかに普通の状態ではない。
 雲雀はゆっくり、深く息を吐いた。表面上は平静を取り戻す。
「何やってるの、君」
 もう一度、今度ははっきりと問う。
 すると、雲雀に気付いた綱吉は普段では有り得ない行動をとった。

「あ、雲雀さんだぁ、こんにちは〜…あれ?もうこんばんはかなぁ?」

 えへへへへ、と笑顔を向けてくる綱吉に雲雀は再び驚かされる。
 いつもは自分を怖がって目を合わせようともしない少女が、いったいどうしたのか…
 その笑顔に目眩にも似た感覚を覚えながら、雲雀は更に問いただす。
「何をやっているのか聞いてるんだよ、服はどうしたの?」
 綱吉は一瞬、何のことか分からなかったらしく、きょとんとした顔になる。しかし再び笑い出すと、自分がお尻に敷いていた制服のブラウスを引っ張り出した。
「えへへ〜暑かったんで、脱いじゃいましたぁ!」
 ブラウスをブンブン振り回しながら答える綱吉に、雲雀はなぜか安堵していた。
 どうやら誰かに脱がされた訳ではないらしい…
 何故そのことにここまで安心するのか、雲雀はまだ解っていない。
 それに、安心するのと同時に雲雀は訝しんだ。
「暑い?」
 確かに寒くはないが、服を脱ぐ程の暑さもない。
 ふと、今の綱吉の状態に思い当たるものがあって、雲雀はしかめていた眉を益々ぎゅっと寄せる。

「君、酔ってるね?」

 そう、それは所謂泥酔状態、というやつであった。

「学校内で飲酒とはいい度胸だね。覚悟は出来ているんだろうね…」
 雲雀の声に剣呑さが混じる。しかしそれでも綱吉は陽気だった。
「え〜、お酒なんて飲んでませんよ〜コレ、食べただけです」
 そう言って綱吉が取り出したのはお菓子だった。銀色の包み紙のそれは、どうやら洋酒入りのチョコレートであるらしい。
 洋酒…まさかコレで…?
 綱吉はニコニコと、クラスメートから外国土産として貰ったのだと説明した。
 確かに、多少強めの酒が入っているのかもしれない。だが、菓子は菓子。強いといってもたかが知れている。それでここまで酔うとは…いったいどれだけ弱いのかと雲雀は呆れた。
「まあ、いいや…とにかく、早く服を…」
 服を着て…と綱吉を見れば、彼女はスカートのファスナーに手をかけているところだった。
「何をしてるんだ!?」
「暑いからコレも脱ごうと思っ」
「止めろっ」
 慌てて止めさせ、服を着せようとしたものの、嫌がって暴れる為に上手くいかない。業を煮やした雲雀は自分が羽織っていた学ランを着せにかかる。大きい分、少しくらい暴れても着せやすい。
 しかし、暴れる相手を抑えていると着せている筈なのに、妙な気分になってくる。そんな気分を意識的に散らしながら、雲雀は何とか綱吉に学ランを着せることに成功した。
 もっとも、綱吉はご不満の様子で、暑いと脱ごうとする。それを、咬み殺すよ、と止める。
 すると恨めしそうに雲雀を見上げ、ちょっとだけ口を尖らせて綱吉は雲雀の心に爆弾を落とす。

「イジワル…」

 …な、

 ちょっと気になる子が大きめな自分の服を着て、上目がちにイジワル…

 先程散らした妙な気分が大きく膨らむのが分かった。多分、理性とか言われるものが切れそうになるのを感じる。雲雀は普段滅多に使わない忍耐を総動員して、ソレを抑え込んだ。

 何なの、この破壊力は…

 よく分からないが、この綱吉は危険だ。もし見つけたのが自分ではなかったら…と想像して雲雀は鉛でも飲み込んだ気分になった。
 何やら酷くムカムカする。
 そんなことになったら、自分はとても平静ではいられなくなるのではないかと思った。
 少なくともこの先、お菓子の酒でも酔ってしまうような子から雲雀はもう目が離せないのだろう。

 とりあえず、このままにしておく訳にもいかないと、雲雀は綱吉を立たせる。
 どうやら居残りで課題をやらされていたらしく、辺りに散らばっていたプリントを集め、カバンに詰めて持たせた。
 ふらふらと足元が覚束ない綱吉の、学ランからちょこんと出た手をを取ると、意外なことにきゅっと握り返された。
 その温もりに不快さはない。寧ろ心地よささえ感じた。

 悪くない…

 そう、思った。



 雲雀はその感情の名前を知った。

end
 

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