□最強の人
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 二人の後ろ姿を見送っていた奈々が、ウキウキした様子で呟いた。
「おばさん、もしかして用があるって、嘘ですか?」
 何となく一緒に見送っていた京子が訊くと、ニンマリとした笑顔が返ってきた。
「あら、用ならできたわよ。京子ちゃんと花ちゃんと一緒にお茶するって用が、ね」
 ダメかしら?と悪びれない笑顔に、京子も花もにこりと笑う。どうせこの後、ツナと一緒にどこかに寄ろうか、という話になっていたのだ。娘から母に変わっても、あまり問題はない。
 こうして、彼女達は近場のカフェに腰を落ち着けることになった。
「ところでおばさん」
 最初に話題を持ち出したのは花だ。彼女にはどうしても気になることがあった。
「雲雀さんて…その…いつでもあんな感じなんですか?」
「あんな…?」
 奈々は小首を傾げる。しかし、すぐにああ、と頷く。
「ええ、とっても礼儀正しいよい子なのよ」

 教師でさえ逆らえない風紀委員長をよい子…

 それでね、と続けられた娘の彼氏自慢に、京子は感心しながら聞いていたが、普段自分が知る雲雀とのあまりの違いに、花はただただ笑いを堪えることに必死だった。





 一方、雲雀と綱吉は沢田家に向かって住宅街を歩いていた。その手はいつの間にかしっかりと繋がれている。しかし、綱吉の機嫌はイマイチよろしくない。
「雲雀さんは母さんに甘すぎます」
 口を尖らせて呟くと、クスリと笑われる。
「何それ、自分の母親にヤキモチ?」
「う…だって…」
 雲雀は奈々の前だと随分愛想が良い。二人にそんな気が全くないのは分かっているが、胸の中がモヤモヤするのは止められなかった。
「赤ん坊がね」
「へ、リボーン?」
「うん、彼が綱吉の母親の機嫌は損ねない方がいいっていうからさ…」
 いったいあの家庭教師は雲雀に何を吹き込んだのやら…しかし、言っていることに一理あるのもまた事実。沢田家において、一番敵に回してはいけないのが奈々だった。
「う…まあ、それはそうですけど…」
 それでもまだ不満そうな綱吉を、雲雀はグイッと引き寄せた。
「ふゎ!?」
 よろけた綱吉を支えながら、雲雀は屈み込む。
 それは触れるだけのものだった。しかし確かに、柔らかな感触がお互いに伝わる。
 雲雀が顔を離すと、真っ赤になった綱吉がいた。
「こんなことをしたくなるのは君だけなんだけどね」
 ニヤリと笑う雲雀。
「だ、だだ、だからって、こんなトコで…」
 ここは一般道。今は偶々人気がないが、誰かに見られたらと思うと綱吉は恥ずかしくて堪らない。
 そして雲雀は、そんな綱吉が可愛くて仕方がない。
 もう一度キスしようとするが、ダメです!と手で口を隠されてしまった。
「そう、じゃあ続きは君の家でしようか」
「は?え…ちょっ、ちょっとまっ…家にはリボーンとビアンキとチビ達が…あ…」
 ここで綱吉は気付いた。今日に限って、あの賑やかな家の静かな状況に…





「誰もいないんですか?」
 京子の問いに、奈々は頷く。
「ええ、ランボ君とイーピンちゃんはハルちゃんのお家にお泊まりで、フゥ太君はお仕事って言ってたかしら…リボーンちゃんとビアンキちゃんは二人揃って小旅行に出掛けたわ」
 だから今日、雲雀を夕食に誘えたことは、賑やかさが好きな奈々にとって幸運であった。
「だからね。そろそろかなって思うのよ」
「そろそろ?」
 何のことか解らずに、花が聞き返す。

「だって、雲雀君たら手が早そうなんですもの」

 まだ中学生なんだから流石にそれはね…と笑顔でとんでもないことを言う奈々に、京子と花は絶句する。
 この大らかで、ちょっと天然な母親は、しかし娘と同じく人を見る目に長けているようだった。
「そろそろ帰るとちょうど良いと思うのよね〜」
 まるで湯加減の話でもするかのような奈々に、京子と花は顔を見合わせ苦笑した。





 そして、沢田家。
 雲雀のキス攻撃をなんとかかわし、夕食の下準備をするからと台所にエプロン姿で立つ綱吉。それにムラッときた雲雀が彼女を押し倒した。
 どこの新婚夫婦かとツッコミたくなるようなその場面に、しかしツッコミではなく朗らかで陽気な声が響いた。

「ただいま〜」

 全ては奈々の読み通り。彼女は絶妙なタイミングで待ったをかけたのだ。

 この後、雲雀はリボーンの言葉を思い出す。
 彼は言った。奈々の機嫌を損ねてはいけないと…

「なんせママンはこの俺でも敵わねぇ、沢田家最強の人物だからな」

end
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