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□おつかいと約束
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 恭弥は大丈夫を繰り返すが、自分で持つと言ったのに落としてしまった綱吉は、ショックの方が大きいらしい。目に溜まっていた涙は、あっという間に溢れ出した。
「ごめん…なさ…きょうやくん。ごめんなさい!!う、ううぁ…」
 とうとう声をあげて泣き出してしまった綱吉に、恭弥はもう一度大丈夫と言って頭を撫でる。
「それより、つなよしがケガしなくてよかったよ。だから泣かないで」
 頭を撫でて、ゆっくりゆっくり綱吉を落ち着かせる。そうして泣き止んできたところで、恭弥は綱吉の手を引いた。
「かえろう」
 まだ半泣きだが、コクンと頷いた綱吉と一緒に、恭弥は再び歩き出す。
「あらあら〜、やっちゃったわねぇ」
 電信柱の影から一部始終を見ていた奈々は、二人が行ったことを確認すると、ヒョイと顔を出した。
 やっちゃったわねと言いながらも、奈々は落としたことを責める気はまったくない。むしろ、綱吉をナデナデする恭弥という可愛いものを見れたと楽しげだ。
「さてと、そろそろ先回りしないとね」
 こっそり着いてきているのだ。二人よりも早く家に帰って、出迎えなければならない。
 少なからず落ち込んで帰って来るだろう二人に、なんと言って元気づけようか。そんなことを考えながら、奈々は小走りでちょっと遠回りになる家路を急いだ。
 そうしてなんとか二人よりも先に家へと戻ると、先ずは玄関の鍵を開ける。そこにちょうど恭弥と綱吉が帰ってきた。
「あら、おかえりー」
 今、家から出てきたようなフリをして出迎える。すると、ただいまと返事は返ってくるものの、やはり元気がない。どうしたのと訊くと、恭弥が落とした玉子を差し出した。
「ごめんなさい。落としたんだ」
 誰がとは言わない。恭弥は自分が落としたことにするつもりだろう。しかし綱吉が止まっていた涙を再び溢れさせて、自分が落としたのだと言ってしまった。
「つなよし…」
「だから、きょうやくんはわるくないの!」
「ちがうよ。ぼくが持たせたんだ。だから、つなよしはわるくない」
「でも…」
 お互いを庇い合う小さな恋人達は、端から見るととても微笑ましい。だが、このまま辛い思いをさせておくのは可哀想だ。だから奈々は、平気よと笑う。
「このくらいだったら使えるし、今からお菓子を作ろうと思っていたの。だから、ちょうどいいわ」
「…おかし?」
「ええ、だから二人とも、落としちゃった分は手伝ってね」
 落としてしまったことに、かなり責任を感じていた綱吉は、お手伝いという挽回できるチャンスに瞳を輝かせた。
「うん!ツナ、がんばる!」
「はいはい。じゃあ早速作りましょ。さ、恭弥君も…」
 恭弥はそれに頷いたものの、難しい顔で何やら考え込んでいる。
「恭弥君?」
「おばさん。約束のことだけど…」
「ああ、大丈夫。玉子を落としたくらいで…」
 駄目なんて言うつもりはなかった。そもそも、奈々は最初から恭弥のことを認めている。しかし、幼いながらに高いプライドを持つ恭弥にとって、そのくらいではなかったらしい。
「約束は、ほりゅうにしておいてほしいんだ」
「まあ…」
 奈々は、幼稚園児が保留なんて言葉を知っていたことに先ずは驚いた。
「ぼくは、つなよしもタマゴも守れる男になるよ。そうしたら、またおねがいする」
 玉子は別に守らなくても…と思ったが、それが綱吉を泣かせてしまったことは確かだ。なるほど、そこに納得がいっていないのかと奈々は理解する。
「分かったわ。そのときを楽しみにしているわね」
「うん!」
 力強く頷く恭弥だったが、その隣で綱吉が不安げに奈々とのやりとりを聞いていた。
「ツナはきょうやくんのおよめさんになれないの?」
 保留の意味が解らない綱吉には、お嫁さんの話はナシということに聞こえたらしい。
「ちがうよ。ぼくはもっともっと強くなるから、そのときにもういちど言うんだ」
「じゃあ、およめさんになれる?」
「もちろんだよ。だから、つなよしは、べつの人のおよめさんになっちゃダメだからね」
「うん、ツナはきょうやくんだけのおよめさんだよ!」
 安心した綱吉が、ギュッと恭弥に抱きついた。恭弥はそれを受け止めて、ギュウッと抱きしめ返す。
 そんな二人に、奈々は目を細める。

 そうね。いつかきっと…

 恭弥は再び、綱吉をお嫁さんにくださいと言ってくるのだろう。
 奈々はそれを心のどこかで確信していた。

end
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