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□温度差
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 夕暮れの応接室は静かだった。ペンを走らせる音だけが響き、差し込む橙色の日差しも緩やかだ。しかし外は随分と寒いようで、冷たい風が時折窓を揺らしている。
 沢田綱吉は、そんな窓の外をぼんやりと眺めていた。ソファーに座り、何をするでもなく、彼女は先程から書類を処理してゆく雲雀恭弥を待っている。
 並盛最強を謳われる風紀委員長の雲雀と、勉強も駄目、運動も駄目、付いたあだ名がダメツナな綱吉。まったく似たところのないこの二人は、驚いたことに一ヶ月程前からお付き合いを始めていた。
 告白は雲雀からだった。好きだと、だから付き合いなよと言われた。綱吉は驚き、ビクつきながらもこれを受けた。断ることが怖かったからではない。いや、確かに怖い人ではあるのだが、それ以上に綱吉もまた、雲雀が好きだったからだ。
 こうして始まった二人の交際だが、ほとんど恋人同士らしいことはしていなかった。放課後に綱吉が応接室に寄り、雲雀の仕事が終わるのを待ってから一緒に帰るくらいだ。帰り道も特に会話が弾むこともなく、話すのはいつも綱吉だけだった。
 綱吉の友人は、それでよく我慢できるわね。と呆れたが、相手が相手だ。もとよりデートに誘って貰えるとは思っていないし、あまり話しをする人でないことも分かっていたことだ。
 綱吉は窓から目線を雲雀へと移す。仕事をしている彼を見るのが好きだった。だからこの状況に概ね不満はない。ただ一つ、不満というか望みというか、そういうものはあった。
 雲雀から、膝の上に置いた自分の手に目を移す。

 今日こそは…

 そう決意した。
 それは、とてもささやかな望みだったが、綱吉にはとても勇気のいることでもあった。
 雲雀に目を戻すと、丁度仕事が終わったらしく、ペンを止めて書類をまとめている。

「終わったよ。帰ろうか」
「はい」

 雲雀が掛けてあった学ランを手に取り羽織る。綱吉もコートを着て、マフラーを首に巻いた。手袋はしない。持ってはいるが、帰るときはしないようにしていた。そのささやかな望みの為に。

「…どうしたの?」
「ふぇ?」

 校門を出た辺りで、珍しく雲雀から話しかけてきた。
「僕の手がどうかした?」
「あ…あの、いえ…その…」
 どうやら綱吉は、ずっと雲雀の手を凝視していたらしい。
 綱吉の体温は一気に上昇する。見ていたことに気付かれていた。羞恥で顔は真っ赤になる。しかし、これはチャンスでもあった。

 今日こそは…

 応接室での決意を呼び起こし、ありったけの勇気を絞り出して、この数日間言えなかった想いを言葉にする。

「…て、手を…手をつ…つ、繋ぎませんか!?」

 緊張と羞恥で裏返る声。それでも綱吉は、震える手を雲雀に差し出した。素手で雲雀と手を繋ぎたい。その為に手袋もしなかったのだ。
 彼女がこれだけのことをしているのだから、その手を取らない彼氏がいるだろうか。
 しかし雲雀はきっぱりと言った。

「…駄目」

 それは拒絶のように思われたが、拒絶ならば嫌と言うだろう。しかし、緊張状態の綱吉にはその違いが判断できなかった。
「え?…な、んで…」
 か細い声は震えていた。
「だって君、寒いみたいだし…」
 普通、だからこそ手を繋げば暖かいのではないか。
 綱吉の大きな瞳に、見る間に涙が溜まって溢れ出した。
「…な…なんで泣くの?」
 突然ボロボロと泣き出した綱吉に、雲雀は珍しく慌てた様子だ。しかし、どうして良いのか分からずに立ちすくむ。
「ひ…ひば…りさんは…俺が…きらい?」
「なにを言って…」
「だって、俺が冷たいから触りたくないんでしょう?」
 どうやら綱吉は、雲雀が手を繋ぎたくない理由をそう解釈したらしい。
 冷たいから触りたくないなんて、本当は好かれてなかったのだと、嫌われていたのではないかと、そんな考えが頭と心をぐるぐる回って、涙が止まらなくなっていた。
「そんなワケない。僕は嫌いな人間に好きだなんて言わないし、一緒に帰ることもしないよ」
「でも…」
 付き合い初めてから一ヶ月。雲雀は手どころか、とにかく綱吉に触れようとしなかった。もしかして本当は嫌われているのでは…そう綱吉が思ってしまうのは無理からぬことだろう。
 雲雀は深く息を吐いた。どうも妙な誤解があるらしいが、言葉で説明しても今の綱吉は納得しないかもしれない。だから引っ込めてしまった手を取ると、ギュッと握った。
「はうっ!?」
「冷たいでしょ?」
「へ?」
「僕の手…」
 確かに、冷えている綱吉の手よりも冷たい。
「自分じゃよく分からないけど、冷たいらしいんだよね。だから…」
 握っていた手がゆっくりと離れる。

「僕が触ると君が冷えてしまう」
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