◇◇

□素敵なトナカイさん
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 気休めの気合いをいれてチラシを配り始めたものの、やっぱり寒い。またくしゃみが出そうになるのを堪えていると、ふと背中に温かさを感じた。振り返って見てれば、ふかふかな背中が見える。
「あ…トナカイさん?」
 昨日のトナカイが、そこに居た。
「あの、昨日はありがとうございます。お礼を言いたかったから、会えて良かった」
 改めてお礼を言ってもトナカイは振り向かない。まさか別人なのかと綱吉は焦ったが、すぐに同じ人だと思い直す。その背中には、昨日と同じ既視感があった。
「あの…貴方は…」
 誰なのか訊きたかった。でも、訊かない方が良いように思い、綱吉は口をつぐむ。
 また風除けなってくれるつもりらしいトナカイにペコンと頭を下げて、綱吉はチラシ配りへと戻った。
 この日もトナカイはずっと風除けになってくれていたのだが、昨日と同じように、いつの間にか居なくなってしまう。
「明日も来てくれるかな?」
 この時期にトナカイの着ぐるみなんて、綱吉のようにチラシ配りやプラカードを持ったどこかの宣伝の筈なのに、あのトナカイは何も持っていなかった。それはまるで、綱吉の風除けなること自体が目的のように…

 やっぱりあのトナカイさんは俺の知ってる人…

 それは誰なのか。
 綱吉はその誰かを想像しながら、青空を見上げる。明日も寒くなりそうだった。





 そしてアルバイト最終日。今日は祝日の為か人通りが昨日よりも多い。今日はこれだけ配ったら終わっていいよ。と渡されたチラシもそれ程多くないので、早く終われそうだ。
 終わったら、すぐにアルバイト代を貰える。そのお金で、ずっと前から決めていた雲雀へのプレゼントを買いに行くのだ。綱吉は張り切ってチラシを配る。
 そんな彼女の後ろには、昨日と同じくトナカイが立っていた。そのファンシーな姿に、小さな子供がたまに寄ってきてもまるで動かない。
 そんなトナカイは、サンタクロース姿の綱吉と最初から対であるかのようだった。
 人通りが多いこともあり、チラシはサクサクとなくなってゆく。こういったものはなかなか受け取って貰えないものだと思っていた綱吉だが、この三日間、あまり素通りする人はいなかった。
 というのも、チラシを渡す対象者が若い男性だったからだ。ミニスカの可愛いサンタに笑顔で渡されれば、要らないと思ったチラシでもつい受け取ってしまう。
 だからこそのミニスカ素足なのだが、その辺りのことを綱吉はよく分かっていない。
 やがてチラシは最後の一枚になった。それを渡し終えた後、綱吉は急いでトナカイの腕を掴む。
 綱吉はあれから考えて、やはりトナカイが誰なのかを探らないことにしていた。だからこそ、また居なくなられては、今日のお礼を言えなくなってしまう。
「あ、あのっ…」
 トナカイを見上げた綱吉は、そのトナカイが自分を見ていないことに気付いて言葉を止める。そして、その視線を追って自分の背後に目を向けた。
「な、だから言ったろ?可愛いって」
「おお、ホントだ」
「なぁ、彼女。仕事終わったんなら俺達と遊びに行かない?」
 高校生か大学生か、若い男が数人、綱吉に声をかけてきた。いわゆるナンパというやつだ。
「え?…いや…い、行かないです」
 綱吉がナンパに遭遇するのは初めてではない。ただ、それはいつも友人達と一緒の時で、この手の輩のあしらいに長けた一人が上手く追い払ってくれていた。
 しかしこのナンパ、かなりしつこい。
「いやだから、この後用事があるから行きませんってば」
 きっぱりと断っても、彼等は去ろうとしなかった。
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