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□生徒会長の苦難と恋
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 最初は断った。当然だ。生徒会長を入学したばかりの少女に任せるなど正気の沙汰ではない。
 しかし、六道骸という人物は、美しい容姿と巧みな話術で人を惑わせる本当に悪魔なような人物だった。笑い方や髪型は少し妙なのだが、優しく微笑まれれば大半の女性はコロッと落ちてしまうだろう。だが、人の本質を見抜くことに長けた綱吉は、その笑顔が怖くて苦手だった。
 骸は頑なな綱吉を時には脅し、時には宥めて言葉巧みに綱吉を会長になるように仕向けていく。
 しかしそれでも、なるとは言っていない。だが、数日後にはすっかり、綱吉が生徒会長になる準備が整っていた。





 そして五月某日。綱吉は新生徒会長として、全校制度の揃う体育館の壇上にいた。
 目の前には骸が用意した会長就任のスピーチ原稿。ご丁寧に漢字には全てフリガナが振ってある。

 なんで…なんでこんなことに!

 これを読んでしまえば自分の会長就任は決定的なものになってしまう。読みたくはないが、チラリと横を見れば、舞台袖にいる骸がいつもの笑顔で、早く読めと無言の圧力をかけてくる。

 どうしよう…どうすれば…

 なかなか話し始めない綱吉に、生徒達がざわめき始める。彼女の焦りがピークに達した時、カツカツと壇上に上がって来る足音がした。
 羽織っただけの学ランが翻るのが見えた。その腕には風紀の腕章。少年が一人、綱吉の前に立っていた。
 風紀委員は一様に厳つい。しかも何故か、皆髪型はリーゼント。風紀というより、不良の集団のようなのだが、この少年は違った。どちらかといえば細身で、サラサラとした漆黒の髪は普通に切り揃えられている。そして何より、彼は随分整った顔立ちをしていた。骸と比べても見劣りしないだろう。
 綱吉は、うっかり見惚れてしまっていた。

「へぇ、君が新しい生徒会長か」

 ニッと楽しげに笑う。見惚れていた綱吉だが、その笑顔には背筋が凍る。骸とは違う。それはもっと原始的な恐怖。少年の笑みは獲物を狙う捕食者のそれだ。

 も、もしかしてこの人、風紀委員長の…

 風紀委員長、雲雀恭弥。名前を聞いただけで、まだ直接会ったことはなかった。ただ、あれから京子が話してくれた以外に、彼の噂は幾つか聞いた。
 群れが嫌いで風紀を乱す輩には容赦ない。咬み殺すが口癖のかなり凶暴な人物。どこまで本当かわからない数々の恐ろしい噂。

「でも、あまり咬み殺しがいはなさそうだな」

 雲雀恭弥決定。

 な、ホントに咬み殺すって言ったー!?


 綺麗な人というのは、どこかおかしいのだろうか?そんな疑問が頭を過ぎる。
「おやおや、困りますね。新しい会長を脅さないで下さい」
 舞台袖から出てきた骸が、いつもの笑顔にほんの少し険を含ませて、雲雀を牽制した。
「やあ、相変わらず姑息な真似が得意だね。君は…」
「姑息?なんのことでしょう?」
「その子を矢面に立たせて自分は裏で何をするつもり?」
「なんのことか分かりませんが、僕が会長を辞任するのは三年生になったからです。そろそろ頃合いでしょう?」
「ふぅん、頃合いね…」
 二人の間に見えない火花が散った。

 ヒィィ!ちょっ…ちょっと、なんなんだよこの二人!

 生徒会と風紀が対立しているのは知っていたが、この二人の険悪さは尋常ではない。間に挟まれた綱吉は、真っ青で声も出せない状態だ。
 今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だったが、雲雀の気がふと緩んだ。
「今日は止めておくよ。新しい生徒会長を見にきただけだからね」
 優雅に踵を返し、雲雀はじゃあねと去って行く。綱吉はその姿を呆然と見送っていた。
 結局、綱吉は就任のスピーチを読なかった。しかし、雲雀にまで生徒会長と認識されてしまったことにより、彼女の会長就任は決定的なものとなってしまう。

「俺、俺…なるなんて言ってないのに〜!」

 叫んでみても、全ては後の祭りだった。





 会長就任後、綱吉の生活は一変した。今までは授業が終われば、京子と楽しくお喋りしながら寮に帰った。それなのに、今は生徒会室で訳の分からない書類にひたすらサインをする毎日だ。
「ハァ…」
 思わず溜め息が洩れた。
「ボス。疲れたの?休む?」
 綱吉の仕事を手伝っていた少女が、心配した様子で覗き込んでくる。
「あ、ごめん。大丈夫だよ。ありがとう、凪」
 凪と呼ばれたのは、右目を眼帯で覆った儚げな美少女だ。なんとあの骸の妹なのだが、彼女自身はとても大人しく、心優しい。兄と似ているのは奇妙な髪型くらいだろうか。
 補佐にと骸が付けたのだが、無理矢理会長にさせられた綱吉にとって凪の存在はかなり癒やしになっていた。人見知りが激しいという凪も、綱吉のことはボスと呼んで慕ってくれた。ただ、ボスは止めて欲しいと頼んだが、これにはこだわりがあるらしく、凪は今でも綱吉をボスと呼ぶ。
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