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□嘘吐きな僕が涙を嫌いな理由
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「マリー。お前、紅茶持って転ぶなよ?」
「う、うん大丈夫!」
「ああ、それならよかっ…っておい!? 転ぶなよ!!!? 言った傍からなんで転ぶんだ!!?」
「ひ、ひぇぇぇ。ご、ごめん…なさい」
「まあまあ、許して上げるっすよキド!」
「んな…っ。はあ、もう良い」
―――キドもセトも、今日も“いつも通り”だ。
キドは本当は楽しいのに格好つけて面倒臭そうにしているだけで、セトは大変になったけどその分やりがいがあると言う。
昔のように嫌われて、虐められる事も無いから、それは特にだ。
しかも二人とも強くなった。
キドはすぐに逃げなくなったし――まあ、その分殴る様になったんだけどさ――、セトは泣かなくなった。
二人は良いなあ。
強くなれて、優しくなれて。
一方の僕は嘘吐きのままで? 汚い怪物のままで?
そう、何も変わらない。
昔と何も変わらずに、二人を笑わせる“道化師”を努めている。
それだけ…?
………それだけ。
だけどね、最近、その役目も要らなくなって来た気がするんだ…。
沢山の仲間が、友達が出来て、二人はいつも笑っているから。
―――あれ、それじゃあ、僕はもう要らないのでは?
だって、そうじゃない?
昔は友達の居ない二人に存在を求められたから“存在”をしていた。いや、存在してしまった。
まあ、そのときはまだ理由があった。
いいや、あったと思い込んでいただけかも知れないけれど。
まあ、どっちにせよ、“今”は?
存在する理由も、存在する意味も、無いんじゃないの?
寧ろ、存在しない理由の方がある―――――。
そこまで考えて、はっとする。
何を考えているのだろう自分は、と。
思えば最近こんな事が多くなった気がする。
ぼんやりと考える事が。
(ああ、駄目駄目)
(僕はいつもの、元気で明るくて人をおちょくるのが好きな、“カノ”なのだから)
にっこりと笑顔を貼り付けて、地面に転げている少女――マリーに声をかける。
「また転んじゃったの、マリー?」
本当、しょっちゅう転ぶよね〜!
そう言って、いつもの様に笑い声を上げる。
人を馬鹿にしたような笑い顔を、“見せる”。
そう、見せるだけ。
欺いて、表面上を偽って、見せるのだ。
例えそれがニセモノだとしても、皆は信じてしまうのだから素顔はどうでも良い。
(いつも通り、いつも通り)
―――そうやって、通常を装うカノの顔を、マリーはまじまじと見つめていた。
「カノ、なんか変な顔してるよ?」
マリーは言った。
……変な顔? 何の事だろう? いつも通りに欺いているはずだが?
まあ、とりあえず確認しなくては。
「えええっ! マリー!? それ酷いよ!?」なんて言って素知らぬ顔をして、だけど怪しまれない様にして洗面所まで行って確認する。
鏡を覗き込んで映った自分の顔を見て、ああ本当だ、と納得。
(なるほど、確かに可笑しい)
欺いている筈なのだが、どうやら少しずつ欠けている。
例えば、目は笑っているのに、表情が強張っていたりとか…。
(能力の制御が、出来なくなっている?)
はて、どうしてだろう。
出来なくなることがあるにしても、それはいつも能力を使い過ぎたときやら、風邪などで調子が悪かったときやら。
だが今は、どう考えてもそのどれにも当てはまらない。
考えても何も思いつかないので、溜息をつく。
時折欺き切れずに赤くなってしまう目を見て、思った。
(能力を解くのは、どうなのだろう?)
基本的に解かないから忘れてしまうのだが、こんな時にずっと発動したままは良くない。
姿が次々と変わり、仲間を混乱させてしまうだろう。
しかしいくら目に集中しようと、能力は解けそうに無い。
(仕方ない、自分の部屋にでも居ようか…)
それ以外に何か解決策があったのかもしれないが、そこまでは頭が回らなかった。
+++++
そっと共有スペースを横切り、自分の部屋のドアを開ける。
カチャリ、と鍵を閉めて、一目散にベッドへ向かう。
暗い部屋の中でベッドに沈んでいくと、先程には無かった気持ち悪さが襲ってきた。
こんな時こそ、仲間を頼った方が良いのだろうが、生憎、そんな事は許されない。
(だって、僕は怪物だし…迷惑を欠けちゃ、駄目だものね)
そう考えて、どうするべきかと考える。
そもそも、これは何故なのだろう?
シーツに触れた頬の部分から、湿った何かが広がって行っているのに気付いて、自嘲する。
(いっその事、表面だけじゃなくて全てを欺いてくれたら良いのに)
―――泣いているのにすらも気付かないなんて、多少は心の中までも欺かれているのでは?
もしそうだったら、良いのに。
考えて、馬鹿馬鹿しくなる。
(それは無い、それは無い。だって、そんな能力あったら便利過ぎる)
そう考えている内にも、シーツの染みは広がっていく。
もう良いや、眠ってしまおう。
ぼんやりと目を閉じて、夢に落ちて行った。
+++++
夢の中では、誰かが一人で泣いていました。
僕はついつい駆け寄って、笑わせようとしました。
その男の子は、僕の方を向いて言いました。
「君は、本当の自分を見つけて欲しいのでは無いの?」と。
そんなことないさ。
「じゃあ何で、嘘を吐くの?」
嘘?
さあ、何の事でしょうか?
「ほらまた。それも嘘じゃない?」
いやいや、本心だよ?
「ほら、嘘。それも嘘。皆が幸せなら良いだって? それも嘘。ほら、ほら、嘘。嘘。嘘。嘘。全て嘘でしょう?」
違うよ、違う。
答えは全部「NO」さ。
「また嘘じゃない。崩れそうな脳をソレで埋め尽くして、何の得になるの?」
いやいや、違うさ。
「だから、嘘じゃないか」
違う。
「嘘ばっかり」
違う…っ。
「嘘吐きの嘘ほど醜いモノなんて、ないよ?」
違う…っ!
+++++
叫んで、目の前に広がるのは見慣れた天井。
あれは…夢、か。
…結局、最後まで見れなかったなあ。
頬を、温い何かが伝った。
コレすらも嘘になれば良いのに。
涙も、心も、苦しみすら、嘘に。
――――――いっその事この存在さえも…。
この存在さえも嘘なのだったら、良かったのかな?
そうしている間にも、涙は溢れる。
それを見ているとやっぱり、まだ自分が“生きている”と実感してしまう。
そして、涙を止めたくなくなってしまう。
だから…だから、涙は嫌いなんだ。
消してしまいたいっていうこの思いが、どうせ嘘なのだとハッキリと示されてしてしまうから。