Book―short

□貴方と私
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「ねえ、エネ」

 その声で、私を呼ばないで。

「何してるの…?」

 その目で、私を見ないで。

「どうしたの?」
 
笑みの無いその顔を、私に向けないで。

「なんで僕を嫌がるの?」

 あの頃の記憶の中の姿で、私に近付かないで。



『私は貴方を助けられなかった。何も…出来なかった』



心の中で何度でも呟く。



 記憶が無くても、貴方は貴方。



 きっといつか、記憶が戻れば、私は拒否される。



 ならば初めから離れていても同じことでしょう?


 その方が、私にも、貴方にも心の痛みが少ないでしょう?




「私には、貴方の近くに居る資格はありません。

 いいえ、それどころか、話す資格さえ、無い」




 いつか私は言った。

 そうすれば、貴方はこう答えた。






「シカクって何?」






 グダグダ考えている事が馬鹿馬鹿しくなった。



「そう言えば、貴方はそんな人でしたね」


 優しくて、どん臭くて、でも気がきく…そんな人。





 ぽつりと言った言葉は、貴方に届かずに落ちていった。

 さあ、言ってみよう? 

 あの時言えなかった事。

 今すぐは無理かもしれない。

 でも、言いたい事があるでしょう?





「近くに居ても、いいですか?」




『貴方が好きでした』




 一つ目は言えたけど、二つ目はダメだった。




 言葉を聞いた貴方は少し困っていたけど、少しするとこっちを向いた。

「うん、いいよ」




 いつか、きっと言えるよね?

 

 いつか、君にも笑顔が戻るよね?





 その後、私に背を向けたニセモノさんが、皆の前で「エネと話せたよ!」なんて言った事も、

 笑顔でそのことを話したって事も、後から知ったこと。




 いつかきっと、君も全てを思い出せるだろうから、私は今も君が××

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