学校の怪談(無修正版)

□第三章:怒濤の爆走
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誰にも理解し得ないコト
だから理解してもらおうとは思わない
なのに、砕けていく風は妙に冷たかった…

3章:怒涛の爆走 01

 「ゲ…マジかよ……」

朝、彼が同じ学校の生徒に出くわすと決ってこんな反応があった。彼に拘わればろくなことがない、それが仁王雅治という存在だからだ。
 学校でも廊下を歩けば人は退くし、ちょっとやそっとなにか起こしたからといって注意してくる教師もほぼいない。見捨てられ、虐げられ、孤独を知り尽くしたような虚ろな目が何かを探すでもなく目の前を見つめていた。
仁王の足下にはガラスの破片が散らばっている。それをぼうっと見つめていた。その仁王の姿を見かけた高校生が二人、声を潜めて話すのが聞こえたのだった。

『うわアレ仁王じゃん…アイツがやったんじゃねーの?』
『サイアク』

 (俺がやったと思うなら、面と向かってそう言えばいいのに……。)

声を潜めてもなお聞こえるのはわざとなのか…。しかしその言動には苛立ちすら感じなかった。弱者は大声すら出せないのかと…

「言って良いことと悪いことがありますよ。」

ヒソヒソと話していた声をさえぎって、良く通るその声は響いた。会話が止まる。仁王の目も、その声の主に釘付けになっていた。

「彼がやったわけではないでしょう。それを勝手に決めつけて…、謝罪したまえ。」
「…イイ子ぶってんなよ。」
「偽善者…」

二人はしばらく黙っていたが、そう言い放つとさっさと行ってしまった(謝罪することは無かった)柳生は仁王の方を見ると薄く笑った。
幼い頃から周りとは違っていた幼馴染が、その鋭い眼で自分を睨んでいる。なにがあったのか突然非行に走ったこの幼馴染を、柳生は放ってはおけなかった。

「あなたがやったわけではないのでしょう?普段からいろいろと悪さはしているようですが、こんなこと…」
「根拠はないやろ。勝手に決めつけて話しとるんはお前も一緒。ガキの頃から一緒におるからって、なんもかも知りくさった顔すんな。腹立つわ」

そのまま柳生に背を向け、仁王は学校とは反対方向に向かって歩いていく。また、サボるのだと思った。
 仁王は振り返って柳生を見た。たったそれだけで、また背を向けると歩き出す。その後ろ姿を見送りながら、柳生は溜息をついた。その溜息は白く視界を暈かし、またすぐに消えていく。


 仁王は、神社の近くに停めてあったバイクに薄く積もった霜をはらった。その白い霜は、彼の手に触れるとすぐにとけてしまう。見つめた指の隙間から小さな祠が見えた。その中の、そこだけが磨き上げられたように輝きを放つ鏡に仁王の顔が映った。別の自分と向き合って弱みを探られているようで、無償に苛立つ。
仁王は鏡を蹴り壊した。乾いた音がして、その破片が仁王の靴の上に少し残る。

「俺に、弱みなんて…」

それは自分に言い聞かせるための独り言だった…。

翌朝、

「あれ、東方と橘まだきてねーの?」
「おはよう、赤澤。まだ来てないみたいだけど…。」
「ふーんめずらしいな。」

『赤澤が時間通りにくることもめずらしいんだけどな…』と思ったが声に出さず、南はふと窓の外を見た。そこには見慣れた人影が見える。ものすごく急いでいるようだ。

「橘、お前も寝坊か?」
「東方もか?珍しいな。」
「何か、変な夢見てな。」
「偶然。俺もだ。」

東方と橘は走って学校に向かっていた。珍しく二人して遅刻寸前なのだ。

「あっ、チャイム…。」

南はまだ走ってきている橘達の事を心配しつつ自分の席についた。そのあと廊下の方からものすごい足音が聞こえてきた。

廊下を走る足音が聞こえる。それは段々近づいてくると、教室の前で急ブレーキをかけたけたたましい音が聞こえた気がした。そして教室のドアが力一杯開けられる。

「アウト!」

担任の非常な一言が明るく軽快に響いた。なんだか楽しそうだ…。そして2人はスライディングまでしたというのにあと2秒遅かったのだった。

「お前ら、放課後掃除な。」
「はい…」

なんとも珍しい二人組が居残り決定のようだ。

放課後、赤澤と南が二人の掃除を手伝っていた。とは言っても赤澤はほとんど手伝わず、机に座って話しているだけだ。

「珍しいよなぁ。お前らが遅刻するなんて。」
「あぁ、何か変な夢を見てな、眠れなかったんだ。」
「俺もなんだよ。」
「へぇー、それもまた奇妙だな…。で、どんな夢だったんだ?」

東方と橘の話に目をキラキラさせて赤澤が聞く。橘はちり取りに集めたゴミをゴミ箱に捨てながら答えた。

「鏡か何かが割れる夢だったかな。」
「俺も同じ夢だ。」
「へぇー。何かおかしいよな。2人して同じ夢見るなんて…。」
「そう、何かおかしいんですよね…。」

そう廊下から聞こえてきたかと思うと瞬時にドアが開けられた。その声の主は柳生だったようだ。彼は浮かない表情で教室に入ってくるなり溜息をついた。さっき突然ドアを開けられた瞬間びっくりして机から飛び退いていた赤澤は、安心して胸をなで下ろしているところだった。

「びっくりした〜。」
「めずらしいなお前がこのクラスにくるなんて。」
「さっきローカを通ったら声が聞こえたので。」

今日は珍しいことが多いものだと、橘は箒を掃除用具入れにしまいながらそう思った。そして今日はそれらと関係があるのか、今朝からずっと胸騒ぎがしている。
 入り口では相変わらず、赤澤が興味津々といった様子で柳生の顔をのぞき込んでいる。

「で、何がおかしいんだ?」
「実は仁王君が…」
「仁王が?」

赤澤は不思議そうに首を傾げた。赤澤だけではなく、柳生の口から仁王の名が出たことには橘達も不思議に思っていた。それだけ、柳生と仁王は相反する存在のように思われている。

「仁王君が怪我をしていたんです。」
「人間なら誰でも怪我はするだろ。」

赤澤はキッパリとそう言い放った。評判の悪い仁王にこれ以上関わりたくなさそうな様子だ。

「いえ、いつもならあんな怪我なんてしないのに、今日はしていたんですよ。なにかあったのではとって…」

柳生が言ったあと、しばらく黙って聞いていた南が会話にまじってきた。

「そういえば柳生、仁王と昔から仲良かったらしいからな。」
「はい…。」

『心配するのも無理はないよ』と、南はポケットを探っている。

「ま、元気出せよ。チョコレートあげる。」
「あっ、ありがとうございます。」
「それじゃ、俺職員室寄ってかなきゃいけないから先行くな。鍵は置いといてくれたらいいから。」
「あぁ。」
「また明日なー…」

と、手を振って踵を返した瞬間、南は二歩ほど歩いたところで敷居に躓いて豪快に転んだのだった。柳生が心配そうに南を見ている。

「大丈夫、ですか?」
「うん、大丈夫…。ありがとう。」

そう言って膝をさすりながら立ち上がると、南は笑って答えた。そして余程恥ずかしかったのか、急いで職員室へと走っていってしまった。その後を見送りながら、唖然としていた東方が表情を緩ませる。

「南ってさ…」

赤澤は振り返って東方を見る。なんだか、表情がやたらと和んでいるようだ。

「可愛いよな。」
「あー…」
「あ…えっと、いや…」

東方は焦って言葉を探した。『そういえばさっき言いたかったことは無かったか?思い出せ!』と。そしてやっと思い出し、それが余程嬉しかったのか手を叩いてオーバーリアクション。

「さ、さっきの話に戻すけど、俺たちの夢も柳生の話も気になるな…。3人とも今からヒマか?」
「別にヒマだが?」
「俺も。」
「ワタシも大丈夫です。」
「よし、今から俺の家来いよ。いろいろ調べてみようぜ。何かわかるかもしれないからな。」
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