ブレイド(無修正版)

□stage-02:死人
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ブレイド
Stage−U 〜 死人

 南は、辛そうに息をする東方に近づいた。

「あの…助けてくれて……」
「まだ助けてなんかいない」
「でも……」
「お前、噛まれただろう?」
「え、うん。」

南は、自分の首に手をやった。ヌルッとした感触が指に伝わり、確かに、紅い液体が指にまとわりついていた。

「見せてみろ。」
「え…」

東方は南の首の傷を見ると、眉を寄せ、ため息をついた。
そして、傷口を観察するように見た。

「……まだ、助かるかもしれないな…」
「え…」
「ついて来い。」
「あ…、うん。」

南は、言われるがままに東方について行った。

 東方の運転する車の助手席に乗り、南は首の傷をさすっていた。あの男が何者だったのか、そしてこの、東方と言う男は何者なのか、自分は何故襲われたのか…何もかも疑問だらけだった。
少し落ちついてから、東方に話しかける。

「あのさ…」
「ヴァンパイア。」
「え?」
「お前を襲った種族の名前だ。」
「……・それ、聞いたことある。なんかの本にのってた…」
「だろうな。だが、少々違うと思うぞ。ヤツらは、腹が減ったらすぐに人間を襲うし、それに…共食いまでする。とにかく、生かしちゃおけない連中だ。」
「それで、今夜は俺が…」
「そう言うことだ。」

質問をする前に、一つ目の答えは出た。あとは、会話の流れに乗って少しずつ聞き出せばいい。

「あんたさ、『ヴァンパイヤスレイヤー』とか呼ばれてるってことは、ヴァンパイヤ退治してんだろ?」
「あぁ。」
「そうか」

ほとんど意味を成さない信号が赤に変わった。それでも、まだまばらに車は見かけるため、無視するわけにもいかない。
そこで、一時停止した。

「他にもスレイヤーはいるのか?」
「たぶんな。でも、信用はできない…」
「なんで?」
「……」

東方の目が、一瞬、淋しそうに空を仰いだ。
少し迷ってから、溜息と一緒に吐き出すように答えた。

「俺が、ヴァンパイヤだからさ…」
「ぇ……!?」

悲しそうな視線は、ずっと、前に向けられていた。南は、なんと答えたら良いものか迷っていた。
そのうちに、信号が点滅し、赤の変わりに青いライトがついた。二人を乗せた車が、また、動き始める。
 沈黙だけが続いていた。
廃墟と化したビルの近くで車を止め、二人は、狭い地下通路に入った。
しかし、南の足元がおぼつかない。

「…………」

東方は、南の首にある傷を見た。そして、南の胸に耳をあてがった。
またハデに舌打ちをした。

「南、苦しいかもしれないが…耐えろ。いいな。」
「ぅんっ……」

南は、なんとか頷く。それを見ると東方は、南の首筋に顔をうずめた。
また、亜久津の時と同じ痛みを感じた。今回はそれだけでなく、激しい目眩と頭痛、胸の圧迫感さえ伴なった。
亜久津に牙を突き立てられた時も同じく目眩はあったのだが、あの時のものはこれほども激しい目眩ではなかった。

「んぅ……っ…くあぁっ……!」

突然襲ってきた激痛に耐えきれず、東方の腕に爪を立ててしまった。なおも続く激痛に、南の爪は更に東方の腕に食い込んでいく。
 少しして、東方は、傷口から顔を遠ざけた。
ほんの数秒間だったが、それも永い間だったように思えた。胸の圧迫感から解放され肺いっぱいに空気を吸い込む。
東方は、血とは思えないどす黒い液体を吐き出した。南は、呼吸を戻しながらそれをながめていた。

「お前の血もすこし抜いたんだが、明日にでもなれば回復するだろう。」
「うん…。あ、ごめんな…爪立てちまって…」
「それだけ苦しかったんだろう。」
「…ぅん………」
「それくらい気にすることじゃない。」

東方は表情を変えず、また、歩き出した。

「…あのさぁ、アンタあいつらと同じ種族なんだろ?」
「あぁ…」
「…じゃあ、なんで……」
「…敵だからだ。」
「敵…?」

東方は何も言わずに頷いた。
“敵”。
なぜ東方が同種族の連中を敵視するのか…それは彼の正義感だとして、それならば何故、彼にだけはそんな正義感がそなわったのだろう。

「なんか、ワケ有りらしいな…」
「…まぁな…」
「……」
「聞かないんだな。」
「うん。アンタ自身、なんともないなら聞くけど…」
「……敵討…ってとこか。」
「かたきうち?」

呟くように発せられた東方の言葉を、南がもう一度反芻した。

「同じヴァンパイヤの中でも、いくつかの種族に別れているんだが…俺の一族は、滅ぼされた。生き残ってるのは、おそらく俺だけだ…。」
「…」

東方の目は、淋しそうには見えなかった。むしろ、復讐心に燃える鋭い目つきだ。

「自分達だけの社会を作ろうとしてるらしい。おとなしくしていた種族も、見境無く人間を襲うようになったし、何度も無駄な争いを繰り返してる…もちろん、強いヴァンパイア達もいるわけだ。その中でも、一番危険だと言われてるのが、あの亜久津だ…。」
「亜久津…か……」
「そうだ。アイツは、そろそろ人間とも争う気だ。そうなったら…どれだけの血が流れるか…」
「東方、東方はなんで正義感があるんだ?他のヤツには微塵も見当たらないようだけど…」
「…そうだな…。」

東方は、少しだけ歩く速度を落とした。薄暗い地下通路の壁に、二人の影が揺れている。

「滅ぼされたのは、俺のもう一つの故郷…だな。」
「もう一つ…の?」
「混血なんだ…。」
「こんけつ?それって…人間と、ヴァンパイアの?」
「あぁ…。たったそれだけ。人間の血が半分混じっているってだけで、人間と同じように感情がある。それで俺は、他のヴァンパイアとは違った。だから、そっちじゃ関係も上手くいかなかったんだ…それで人間界に出てみた…でも…」

急に、東方の目が淋しげにふせられた。
頼りなく俯き、東方は、消え入るような声で続けた。

「ヴァンパイアの血が半分混じってるってだけで、俺は人間じゃないんだ……。人間の世界にとけ込めるはずがない。夜しか行動できないし、血が欲しいっていう欲求もある。日に当れば焼け爛れて灰になる。」
「東方…」
「俺は、ヴァンパイアである親父も、人間であるお袋も、少しも恨んじゃいない。唯一、俺の存在を認めてくれていた存在だ…」
「安心しろよ。俺だって認める。」
「…」
「世界中どこ探したって、お前は一人だし。そこんとこ考えたら、みんな同じじゃないんだ。ヴァンパイアと人間の間の存在である東方雅美ってヤツは、俺の目の前にいるアンタだけだろ」
「すまない…」
「いいって。それより、アンタもしっかり周り見ろよ?ぜったい、味方はいるって。」
「そう…だな……。」

やっと、東方の笑顔を見ることができた気がした。
自分は、ヴァンパイアにも、人間にも、どちらにもなりきれなかった存在であると言った東方。
それは、ヴァンパイアでも、人間でも、どちらにも属するということでもある。南は、敢えてそっちの考えを選んだ。

孤独など、もうそこには無い…。

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