ラッキー千石の事件簿

□さまよえるファントム
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 ・四・

 神尾は、殺された観月はじめを含む劇団『幻想』のメンバーの人間関係を、千石たちに語り始めた。

「まず、鳳だけど、あの人けっこうカッコイイし、役者としても才能あるし、普段は優しくていい人っぽいんだよな。でも結構エグい噂多いんだよ、じつは」
「エグイ噂?」
「なに?その噂って」

と千石が聞くと、神尾は意味も無く小声で、

「つまり、裏の顔があるってこと――」

 神尾が語った鳳の裏の顔は、ついさっき目の当たりにした鳳の醜い本性を裏付けるものだった。
ことに鳳の女癖の悪さは有名で、若い女子団員が劇団を辞めるたびに、鳳が手を出した所為だという噂が立つらしい。
最近では、臆面も無く婚約者の観月の前で、ファンの女の子をつまみ食いした話などをしていたと言う。
しかし、観月は鳳にベタ惚れで、別れられない。それをいいことに、最近では観月の目の前で、神尾にまでちょっかいを出しているようだ。(バイですか!?)

「とんでもないヤツだね……(いろんな意味で)」
「千石が言えた義理か…?」
「え!?俺、室町くんには何もしてないよ?!」
「誰が室町って声に出して言ったんだよ…、今、マジでおまえのこと疑ったんだけど…」
「うっそ!?ちょっとカンベンしてよ!!?」
「それに、街中でいろんな女のコに声かけてるしなぁ……」
「いや、それはね?ほら、カワイイコいたらちょっと、仲良くなりたいでしょ?」
「へぇ〜………んで、ちょっと仲良くなって…さっそく味見?」
「うわぁ!!違う!違うってば!!!」

「で、お前はアイツの誘いには乗ったのかよ…」

千石達の痴話喧嘩を無視して亜久津が聞くと、

「バーカ。俺があんな男と寝るかよ。」
「へぇー。寝たのかと思ったぜ?」

そう言ってのどの奥で笑う亜久津に、神尾は子供のように頬を膨らせた。

「あのなぁ!」
「アイツがゲームやろうって言ってきた時、お前喜んでたじゃねえの。」
「あれは、『しゃこうじれい』ってヤツだよ!ま、役者としては評価してるけどな、舞台下りたらただの悪党だもんよ。全然このみじゃネエな。アイツも、俺にその気が無いってわかってるから、なれなれしくしてくるってだけで、手は出してこねぇもん。ったく、そのへんの安っぽいのと一緒にすんなよな。俺はもっと、こう…人とは違った才能とかそういうのがあるやつじゃねえとダメ。たとえば――」

神尾は、大きな瞳をうっとりと潤ませて、視線を宙に遊ばせた。夢想にふけるような表情である。

「たとえば?」

と千石が尋ねると、神尾は、亜久津に上目づかいの視線を向けた。

「たとえば、アンタとか?」
「あぁ…?寝ぼけてんじゃねえよ。」

興味無さげにそっぽを向く亜久津に、神尾がまとわりつくように腕を絡めた。

「俺さ、アンタとなら寝てもいいぜ?」
「ぁ……………???」

珍しく表情に出して動揺した亜久津に、神尾は子供のように笑った。

「へへへv」
「オイ、小僧……」
「小僧じゃねえよ、神尾アキラ。ヨロシク。」

なにやら楽しそうにクスクス笑っている千石と南。
亜久津は不機嫌そうに神尾を突き放し、まだ少し赤い顔をそむけて言った。

「んで、次。鳳の話が終ったんなら、次は他の連中だろうが。」
「ちぇっ。イイカンジだと思ったのになぁ」
「テメェなぁっ!」
「あははvもしかしてお前、照れてんの?うわ、カワイ〜イv」
「うるせぇ!んなこと言ってねえでさっさと……!」
「はいはい。わかったってば。」
 「それじゃぁ。観月って人のこと、まず話してもらえるかな?」
「観月さんね。はいはい。」

千石が質問を切り出すと、神尾は、まだ少し笑いながらだったが、返事を返した。
“さん”のところが嫌味ったらしく聞こえるのは、それが本当に嫌味だからだと、千石は思った。

「そうだなぁ……死んだやつの悪口言いたくねえけど、ま、とんでもない我侭だったな、あの人。
とにかく欲しいものは、絶対手に入れないと気が済まないってゆーのかなぁ…そのくせ、手に入れたとたん、飽きちゃうんだよな。昔からそうだった。」
「へぇ…でもさ、なんで鳳くんのことは飽きなかったわけ?」
「そうだな……、多分、鳳が、どうしても観月のものにならなかったからじゃないか?飽きっぽいヤツってのは、逆にそういうタイプに弱いもんだろ?」
「鳳が観月を殺した可能性は?」
「さぁ……まぁ、喧嘩の多い二人だったしな、動機が無いとは言えないだろうけど、少なくとも、観月を殺しても鳳は得なんかしねえな。」
「それは、鳳くん自身も言ってたよ。」
 「そうなのか?」
「うん。ついさっき、ちょっとした争いごとがあったんだよ。そん時にねぇ。」

疑問符を浮かべている南に、千石がそう言うと、神尾が、

「そっか……たしかに、観月さん言ってたな、自分が死んでも、鳳がビタ一文得しねえように、自分の貯金とか、全部父親名義に変更したって。すげぇ執念だよな。
そういえば、知ってるか?。伴田先生の息子の亮って人と、鳳の話」
「あぁ。オーナーから聞いたよ。」
「――結局、観月も、亮ってひと捨てて自分に乗り替えた鳳のこと、信用してなかったんだろうな。」
「なるほど。でも、殺人の動機は、損得勘定だけとは限らないからね。むしろ、金より恨みとか憎しみとか、そんな動機のほうが、なんとなくこの事件にはしっくりくるんだよね。っとなると、夫婦仲(?)が上手くいかなかった鳳くんも、一応“動機あり”ってことにはなるか……」

と、千石は、南が造った容疑者リストの鳳の欄に○印を書き込んだ。

「――じゃ、神尾くん。次はあの、いっつもワープロ打ってる人、荒井って人のこと、聞かせてくんない?」
「あぁ。荒井ね。おれあいつのこと大っ嫌いなんだよな。だからあんまり詳しいこと知らないんだよ。でもたしか、独身で、特定のコイビトもいなくて……」
「あのさ、性格とか、シュミとか、周囲との人間関係とか……そう言うのが知りたいなぁ……ι」

と、千石。

「あぁ。そうだなぁ………ま、ひとことで言うなら、『モブ』。」

(((うわ)))

「だってさ、あいつ自分のことビデオに撮りまくって、それコレクションしてんだぜ?キモチワルイと思うだろ?」
「ゲッ…マジ?それ……ι」
「マジだよマジ。モブ(暴言!)のクセしてさ、自分のことカッコイイとか思ってんだぜ?
うっわ、気色悪っ……」
「――じゃ、荒井ってのが観月を殺す動機って、考えられるかな?」
「さぁ。どうだろ……鳳ならともかく、観月を殺す動機なんてみあたらねえな。」
「鳳なら、って、どういう意味?」
「最近、鳳と荒井、様子が変なんだよな。前はキショイくらい仲良かったのに、二ヶ月くらい前だったかな、大喧嘩してんの劇団の後輩が見てから後、なんか険悪なカンジなんだよ、あの二人」
「二ヶ月前ねぇ…」
「そ。それ以上、荒井もほとんど赤澤と行動してるぜ。でも、赤澤のほうは鳳にも擦り寄ってるみたいだけどね。――ま、荒井については、俺が知ってんのはそれくらいかな。」
「じゃ、次はその赤澤って人のこと。」
「赤澤は、練習生のときから、観月の腰巾着だったぜ?ここ一年くらいは、鳳にもつかわれてたな。もっとも、俺も時々アッシー兼メッシーとして利用してたけどな。」
「うわ……なんかそれ同情するな。同じ男として。」

と南。

「同情するなら俺にしやがれ。」
「亜久津…ι」
「毎回毎回俺をアシに使いやがって……」
 「でも、あいつなんか信用できねえんだよな。」

亜久津のグチは、神尾によって遮られた。
南と千石がホッと胸をなでおろす。

「で、それはどう言う意味なの?神尾くん。」
「なんか、信用できねえんだよな、アイツ。最低限のモラルに欠けるとこがあるんだよ。自分のためなら他人がどうなっても関係ないってカンジ。」
「嫌ってんね、えらく。」
「嫌ってんよ。かなり。」

だったら、なぜ一緒に芝居なんか――と、尋ねようとして、千石は言葉を飲み込んだ。
答えがわかったからだ。
軽いフリをしているが、その実、彼の中には厳然としたルールがある。そのルールを踏み外す人間に対しては、彼は決して心を許さない。
そして、彼は、心を許さない相手には、とことん冷静に接するのだ。
必要とあらば、大嫌いな相手であろうとも、そんなそぶりは少しも見せずに、気を引くだけ引いておいて利用する。
しかし、心を許している相手には……。
千石は、さっき神尾が言いかけた言葉を思い出した。

〔俺はもっと、こう…人とは違った才能とかそういうのがあるやつじゃねえとダメ。たとえば――〕

あの、『たとえば』の続きは、本当はなんだったんだろう。彼が心ひかれる人物というのは、誰なのだろう。
そんな思いをこめた千石の視線を気にもとめず、神尾は続けた。

「でも、赤澤は犯人じゃねえよ。たぶん。偉そうなこと言ってるわりには気が小さくて、間違ってもできねえな。」
「わかった。んじゃ、最後にあと一人だけ……」
「は?あと一人って?」
「四年前に死んだっていう、亮さんのことね…」
「――!」

その名を千石が口にしたとたん、神尾の瞳に、暗い影が生じた。あたかも、コップの水にインクをたらしたように、それは彼の透明な瞳を一瞬だけ曇らし、やがて拡散していった。
しかし、インクの混じった水がそうであるように、彼の瞳にもかすかな濁りが、いつまでも消えずに残っていた。
ほんの数秒間の、何故か妙に永く感じる沈黙が、四人のいる部屋を満たした。
そして、ゆっくりとした口調で、神尾は語り始めた。

「亮は…天才だったよ――」

無理にそうしているのか、普段の彼らしくない無感動な言い方だった。

「親友だったんだ…俺と亮って…。あんな…悪党に振られただけで死ぬなんて、信じらんなかった。生きてたら、すごい俳優になれたのに。俺と二人で、ダブルキャストでいつか、『オペラ座の怪人』の、メイン(クリスティーヌ)演ろうって……約束してた。あの時、アイツ……俺とたったの一コ違いで、ほんの一コだけ上で、十七だったんだ。
なんで………なんで自殺なんか……」

言葉を重ねるごとに、抑えていた感情が噴き出し、語気が激しさを増した。もう四年も前のことのはずなのに、あたかも、昨日のことのように、彼はその悲劇を心に刻み付けているかのようだった。
神尾の、人をからかうような振る舞いに腹を立てていた亜久津も、彼の意外な一面を見て少し神妙な顔になっている。
神尾の語った『亮』は、無垢で、それでいて華やかな、才気溢れる美貌の少年だった。誰からも愛される、活発で社交的な性格。
少し勝気で、負けず嫌いなところも、誰も嫌うことは無かったらしい。

「じゃぁ、恋愛経験って、鳳くんだけ?」
「他には無かったと思うぜ?そういう話は、あんまりしたがらないタイプだったけど、でも、アイツに憧れてたヤツっていっぱいいたんだぜ?劇団の中にも、多分学校にも、たとえば……森とか。」
「森くん??」
「そ。あの森もさ、たぶん憧れてたってクチだぜ。以前、俺たちの舞台稽古、よく見にきてたもん。」
「マジですか?」
「マジですよ。」
「なんてこった……」

思わぬ“つながり”だった。
もし、この殺人が、四年前の亮の自殺が生み出した怨念によるものだとしたら……。

「それは考えすぎかなぁ……」

千石は、裏腹な思いを打ち消すように、そうつぶやいた。
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