ラッキー千石の事件簿

□密室劇場
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 ・八・

 廊下の壁に背をあずけ、鳳長太郎が立っていた。鳳はゆっくりと千石立ちに近づくと、整った口許を醜く歪めて、吐き捨てるように言った。

「――やっぱりそれが、あなたの本音か…。少しも恨んでいる様子を見せずに、俺や観月さんを
 相変わらず教え子扱いして、こんなとこまで呼んでおいて。じつは、憎かったんでしょ?
 憎くないわけないと思ってましたよ。あなたの息子を、自殺に追いやったのは、だれでもない、
 この俺なんですからね?」

伴田は無言だった。
しかし、閉ざした唇の奥で、折れんばかりに歯を食いしばっているのが、千石にはわかった。

「やめろよ……」

たまりかねて、千石が、喧嘩腰で鳳に向かって身を乗出した。

「いいんだ、千石くん。」

と、伴田が制した。

「でも……」
「いいんです。彼の言うとおりですから…。」
「認めたましたね。」
「鳳くん。私は、確かにあなたが憎かった。亮が自殺したのは、キミの所為だと、そう
 思わずにいられなかった。」
「それが聞きたかったんですよ。あなたの本音が。だから、俺も知らん顔で、あなたのくだらない
 余興に付き合って、こんなところまで来たんですよ。」
「そうか……。しかし、これだけは信じてほしい。」
「なんですか……」
「私が、そんな自分を、キミを憎むよりももっと憎んでいたってことだよ…。」
「?どう言う意味です……」
「人間なら誰にだって、心変わりというものはある。自分も人間であるかぎり、
 それを責めることはできない。私も、演出家としての人の心を描いてきた人間だ。それはよく
 わかっているつもりだった。それなのに…私はキミを憎んでしまった。私は、そんな自分が許せ
 なかったんですよ。この矛盾を乗り越えるために、こうして、キミや観月くんと一緒に……」
「違うね。」

鳳は、冷酷な笑みを浮かべ、拒絶するように伴田からプイと目をそむけて言った。

「あまたは、やっぱり偽善者だ。伴田先生……」
「鳳くん…」
「そこのキミ、名前なんて言ったっけ?」
「千石。千石清純だよ」
「キミにも教えてやるよ。この、善人面したひとの本音ってヤツを…」
「…………」
「いいか、このひとは、俺が本当はどんな男か知りたかったのさ。」
「どう言う意味……」

と、千石。

「ははは。おいおい、まだわかんないかな?名探偵さんじゃなかったのかよ?
 いいか、そのひとは、俺が金のために、自分の娘を捨てて観月に乗り替えたんだっていう、確信
 がほしかったんだ。それがわかれば、俺が亮さんに大して惚れてなかったってこともわかる。
 つまり――」

鳳の顔から笑みが消えた。

「――つまり、俺を殺す理由ができるってわけさ。」

稲妻が光った。暗い廊下が、一瞬昼間のように眩い光をはらみ、そして再び暗転した。
それとほぼ同時に轟いた、生木を裂くような雷鳴を合図に、鳳は伴田を指して言った。

「あなたがやったんでしょう?観月さんを…息子の恋人を横取りした厄介者を始末した後は、
 息子をすてて他のやつに走った男に復讐する気なんじゃないんですか?次は俺を殺そうって
 魂胆なんだ、あんたは…」
「やめろ!」

胸倉を掴もうとした千石。暗闇での動作だったため、目のいい千石も上手く狙えなかったということもあり、身をひねって軽くかわし、鳳は続けた。

「あなたの正体はよくわかったよ。次は俺の番でしょう?教えてあげますよ。あなたが知りたかった、
 俺の正体ってヤツを…」
「…………」
「あなたの予想どおりだよ。俺は、観月の財産とバックが目当てで、アイツに乗り替えたんだ。
 ついでにいうなら、亮さんのことだってなんとも思っていなかったよ。まぁ、顔と体は悪くなかった
 けど、それだけのことですよ。
 俺は、どっちかって言えば、先生、あなたのコネが目当てだったんですよ。
 大演出家って言われてるあなたのとこに転がり込めば、いつか、大きなチャンスが巡ってくるん
 じゃないかってね…」
「……鳳……」

伴田が、唇を振るわせた。拳を握り締めて、鳳に近づく。しかし、鳳はまるでひるむ様子もない。

「――ところが、あなたときたら…何を血迷ったのか亮さんの主役デビューが決ったとたんに、
引退してホテルのオーナーになるとか言い出しましたね。最初は、冗談かと思って予定通りに
亮さんと、海外での結婚の約束をした。そしたらあなたは、本当にこんなちっぽけな島にひっこんで、隠居生活を始めて……まったく、ぎりぎりのところで観月に乗り換えたからよかったものの…」
「やめろ!」

鳳の言葉をさえぎって、伴田の鉄拳が飛んだ。
鳳は柔らかい身のこなしで番田のパンチをいなし、逆に、足を引っ掛けて伴田を突き倒した。

「――!」
「オーナー!」

千石が、伴田が窓にぶつかる寸でのところで助け起こす。

「大丈夫?」
「大丈夫だ。私は、大丈夫……」
「…言っておきますが、俺はそう簡単には殺られませんよ。」

伴田と千石を見下ろしながら、鳳は言った。

「アリバイがあろうがなかろうが、俺は、犯人はあなただと思ってますよ。なにせ、観月を殺す動機がいちばんあるのは、あなたなんですから…。」
「そうかなぁ…」

千石が、下を向いたままささやくように言った。

「なんだって?」

眉をひそめる鳳に、千石が、今度は顔を上げて言った。

「アンタはどう?鳳さん。観月ってひとが死んで、いちばん得すんのはアンタなんじゃない?」
「どう言う意味ですか…」
「観月さんの父親は、アンタら劇団の理事長だそうじゃない。おまけに、タイヘンな資産家で、財閥の当主ときてる。もともと、観月さんとも財産目当てで近づいたアンタだ。あの人を殺して、その財産、自分のもんにしようとしたんじゃないの?」
「ははは…。バカだな。」
「なに?」
「観月を殺しても、俺には一銭の得にもならないよ。残念ながらね。」
「どういうこと…」
「観月のヤツ、俺が自分のことをなんとも思ってないって、うすうす勘付いていたのさ。
だから、アイツは、五千万もあった自分名義の銀行口座を全部解約して父親に返しやがった。おまけに、生命保健にもはいらないで、ようするに、自分が死んでも、俺に一文の金も残らないように根回ししてたんだよ。
ま、おかげでヘンな疑いかけられずにすみそうだし、金のほうは弁護士でも雇って金持ち親父から多少なりともぶん取ってやるつもりだけどね…ははは……」

高笑いをしながら、鳳は立ち去った。
千石は後を追う気にもなれなかった。鳳の言葉は千石にとって、いまだかつて経験のない醜悪さに満ちていたのだ。もはや、怒りを通り越した軽蔑が、千石の体から闘志さえも萎(な)えさせていた。
 千石は、ただ呆然と、高笑いを飛ばしながら去る鳳の後ろ姿を、見送るだけだった。
 ふと、千石の耳に、ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた。音がした方を横目で見やると、ドアの隙間から覗く人影が目に入った。それは、荒井将史だった。部屋の仲は真っ暗である。明りを消して、そっと立ち聞きしていたのだ。
荒井は、千石と目があったにもかかわらず、覗き見をやめようとはしない。
 ことの成り行きをじっと見つめる赤澤の目には、怒りの色は浮かんでいない。ただ、無表情に、目玉だけをぐりぐりと動かしながら、立ち去る鳳と床に腰をおとしたままの伴田を見比べていた。

「千石くん。」

伴田が、立ちあがった。

「――彼の言うとおり、観月くんを殺したのは、私かもしれませんね…」
「な、何言ってるんだよ、オーナー!」
「今はっきりとわかったんです。わたしは、あの男が憎い。いや、ずっと憎かった。殺してやりたいほどに…」
「オーナー…」
「そう、殺人者『ファントム』は、やはり私なのかもしれない。私の中で、知らず知らずのうちに育っていった憎しみが、ファントムという怪物を生んだのかも知れない。そして、自分でも知らないうちに、観月くんを殺していたのかも…
現に。私のアリバイは、他のみなさんよりも曖昧だ。シャンデリアが落ちた時、ラウンジにいなかったのが、私だけですからね。それに、あの密室だった劇場のカギだって、私が持っていたんだから。」
「――オーナー。ちょっと一緒に来てください。」

立ちあがった伴田の腕をつかんで、千石は歩き出した。

「な、なんです急に?」
「劇場に行くんだよ。」
「え?こんな時間に…なぜ……」
「アリバイ崩しだよ。」
「アリバイ?」
「そ。『シャンデリアが落ちた時、全員が一緒にいた』っていうアリバイ。そのトリックの仕掛けを、
たった今から探しに行くんだよ。」
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