ラッキー千石の事件簿
□密室劇場
1ページ/3ページ
第三幕
『密室劇場』
・壱・
亜久津と、医者の乾を除く全員が、食堂に集まっていた。
観月はじめの遺体は、現場である劇場の舞台の上で、乾による検死を受けている。亜久津は、ただそれを眺めていた。
「…キミ、もしかして死体がスキとか?」
「あぁ?」
乾の突然の不躾な質問に、亜久津は眉間の皺を増やした。
「普通、死体のある場所なんて、人が居たがらない場所だ…。」
「ハンッ。死体が気色悪ィとか思うくれぇに、神経マトモに完成(デキ)てねえだけだ。」
「あっそう。」
「俺はこう言うの好きだけど?」
「あ?」
「文句言わないでしょ?ちょっとにおうけどね…。」
「チッ……オカシイんじゃねえの…」
「まぁね。」
食堂は静まり返っていた。
時を刻む柱時計の音が、道路工事の槌音のように感じられるほどである。
もう一時間近く、誰も口をきこうとしない。みんな、お互いの表情をこっそりうかがってはいるのだが、眼が合いそうになると慌ててそらしてしまう。その視線が、殺人者の獲物を探す目かもしれないからだ。
猜疑心の生む生臭い殺気が、部屋中に満ちている。ここで誰かが不用意に口を開けば、その殺気が彼に向けられることに鳴るだろう。そんな思いもあってか、誰もが言いたいことを山ほど抱えながら、ただ黙って視線だけのむなしい攻防戦を続けていた。
その中で、じっと腕を組み、冷静かつ客観的に、目の前にある事実だけを見つめながら、真相に迫ろうと試みる千石。
千石も、ついさっきまでは亜久津や乾と一緒に、現場の検分をおこなっていたが、さしたる結果も得られないまま、南達の居るこの食堂に戻って来たのである。
「やっぱ、『P』はファントムだったんだね…。」
周りの者達がまだ視線だけの攻防戦を交わしているのを確認し、千石が小さく言った。
「あぁ。『オペラ座の怪人』に出てくる『ファントム』も、たしかああやって『P』って言う名前で、劇場の支配人に予告状を送りつけていた。」
「そうか…予告状。アレは、犯人からの予告状だったってワケだね…。」
「でも、何のために?予告状なんか、犯人にとっちゃ危険を増すだけじゃないか?」
「そうだね……」
この一時間、千石が現場を調べていた間も含めて、ずっと思考の迷路をさ迷っていた。まさに迷宮だった。進んでも進んでも、同じ道同じ景色だけが、繰り返し現れるのである。
千石達にとってこの事件は、最初から、わからないこと、不自然なこと、そして、不可能なことの羅列だった。
「犯人は何の為に『ファントム』を名乗ってるんだ……」
「名前だけじゃないよ。ヤツは、あの歌劇『オペラ座の怪人』のストーリーに見たてて、
シャンデリアまで落としちゃったんだし。犯人は、理由もなく殺ってるだけの単なる異常者なんか
じゃないはずだ。ありえないことだらけの“不可能犯罪”なんだからさ…。」
「でも、犯人はあのあとどうやってあの劇場から……」
「誰だよ…」
不意に、誰かの呟きが二人の小声の会話をさえぎった。
「誰がやったんだよ……」
鳳長太郎だった。彼に一斉に注目が集まる。その視線が、鳳の神経を逆なでしたのか、つぶやきが叫び声に変わった。
「誰が観月さんを殺したんだ!!?」
鳳は椅子を蹴って立ち上がると、隣に座っている赤澤の襟首を掴んで、力いっぱい引き上げた。
「し、知らねえよ…そんな、俺じゃねえ!!」
鳳の剣幕に、赤澤の下手だった敬語が既に無くなっていた。
「やめろよ!」
神尾が叫ぶ。
それとドジに、連鎖反応を起こしたろうに全員が不安を口にしはじめた。
「くっそ…わけわかんねえ!」
南が、がらにもなく叫んだ。
「お、落ちついて、南ちゃん…。」
南は、頭痛がするのか、頭を押さえてテーブルに肘をついていた。
「まぁまぁ、みんなも落ちついて。焦っても、明後日までこの島からは出られないんだしさ?」
「俺、部屋に戻ります…。」
鳳がそう言ってたちあがる。慌てて、千石が制した。
「ちょと待って…。もうちょっとで、あっくん達戻って来るし…それまで……」
「この中の誰かが、人殺しかもしれないんですよ!?そんな所に一緒にいたら、何が起こるかわから
ないじゃないですか!!」
鳳は、かまわず戸口に向かう。
「どうしても部屋に戻るってんなら、アンタの身の潔白を証明してからにしてもらうけど?」
南が、戸口に立ってきっぱりと言った。
「どう言う意味ですか、それは…?」
鳳の眉がつり上がる。
「アンタも含め、ここに居る全員が、次に狙われる可能性があると同時に、犯人かもしれないってコトだ。
もしアンタが犯人だったら、今ここを一人で出ていかせたら、証拠隠滅の機会を与えることに
なりかねない……。」
「ばかばかしい……俺は犯人じゃない。何が証拠隠滅ですか、そんなこと……」
「ふん…ここに居る全員、そう言うだろうな。でも、誰が犯人なんだ…」
荒井が口を挟んだ。鳳は、彼を睨んで怒鳴りつけた。
「そういうアンタはどうなんだ!?」
拳を握り締めて、荒井に近寄る。
「やめろってば!」
また、神尾が叫んだ。
森が、運び欠けのティーカップをテーブルに乱暴に置いて、
「やめてください!」
と、鳳を押さえる。
赤澤は、できるだけ早くここから逃げ出せるようになのか、戸口のすぐ近くにきている。
パンパン、と手拍子が鳴った。
「そこまでですよ。」
伴田幹也だった。
芝居の稽古で、役者の台詞を止める要領である。
鳳も神尾も赤澤も荒井も、反射的に黙ってしまった。
その瞬間。食堂のドアが開いた。
みんな一瞬、電気に触れたように見を縮ませる。
入ってきたのは、検死を終えた亜久津と、医者の乾貞治だった。