ラッキー千石の事件簿

□オペラ座館からの招待状
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オペラ座の怪人

・四・

「そろそろ着きますよ、みなさん。」

 伴田の声に逸早く反応した千石は、海を眺めた。何時の間にか、目の前に高い岸壁がそそり立っている。
 その頂に、萌黄色と、純白に塗りわけた、大きな館がそびえていた。

「見て見て、南ちゃ〜ん!」
「見てるって…」

はしゃぎたてる千石ではあったが、奇妙な感動がこみ上げた。
それは、なつかしい故郷にたどり着いたような、二度と戻りたくない地獄につき返されたような…不思議な感覚だった。
この感覚がなんなのかを、千石は本能的に理解していた。
それはおそらく、不吉な予兆だった…。
『オペラ座館』は、何も語らず、ただ静かに、訪れる者達を見下ろしていた…。

「すごいなぁ……」

千石が、眼前にそびえる『オペラ座館』を見上げながら子供のようにはしゃいでいた。

「だな…。」

南が相槌をうった。
しかし、千石のはしゃぎように呆れ、早速、一発お見舞いすることになる。

―怒らないって決めたのに…千石がこれじゃダメだな…。

 ともかく、千石達3人は、あの“惨劇の館”を、こうして再びおとずれたのである。
 クルーザーで一緒だった劇団員二人は、船を降りた後、すぐに手を振ってどこかに消えている。

「さて、じゃぁ早速、新しい劇場に案内しましょう。」

伴田がそう言って、玄関の白い両開きの扉を開けると、二十歳過ぎ(?)と思われる、エプロン姿の男が出てくるところだった。

「あ、オーナー。」

彼は言った。

「ん、どうしました。森くん。」
「食事の用意ができたんで、鳳さん達を呼びにいこうかと…」
「鳳くんなら、たぶんまだ劇場でしょう。私がついでに呼んできます。キミは、あとの二人を探してきてくれないでしょうか?ついさっきまで一緒だったんですが…」
「はい。」

と返事して、森は、エプロンをしたまま外に出ていった。
南はその後を目で追った。
そして、伴田に視線をもっていった。

「あの、あの人は?」
「あのこですか。彼は森辰徳くん。大学生さんですよ。夏休みのたびにアルバイトに来てくれてるんです。よく働いてくれて助かってます。」
「へぇー……」

「気になるの?南ちゃん。」
「別に?」
「じゃ、なんで聞いたのさ?」
「お前さ、ちょっとはそう言うこと頭から離したら?」
「は〜い…(沈)」

「――さ、どうぞ、入ってください。」

千石達は、進められるままに館の中に入った。
どこも綺麗に飾られていて、かつてここで恐ろしい殺人劇が繰り広げられたことを連想させるようなものは、何一つと見当たらなかった。
 劇場への入り口は、まだ仮仕上げで、錠前もろくについていない。ロッカーなどによく使われている、例の、カバン型の南京錠が、ドアの金具にぶら下っているだけだ。

「まぁ、劇場といってもさして鋼かな機材があるわけでもないですから、本当はこの鍵だけで十分なんですけどね。見栄えが良くないので、近いうちにちゃんとした錠前をとりつけようとしてるんです。でも、実際この南京錠だって、一度も書けたことがないんですよ。ははは…。さ、どうぞ、中へはいってください。」

伴田にうながされ、仙石達は劇場に足を踏み入れた。

「おぉ、可哀想なエリック……。せめてあなたのために歌をうたわせて…!」

 よく通る声が、客席に響いていた。
 舞台の上に椅子が五つ、半円状に並べられ、そのうち三つに、3人の男が座っていた。
可哀想に、一人は泣きながら女役をやらされている。もう一人は乗り気のようだ。
泣きながら女役をやっている、ショートヘアーの、少年とも言える容姿の男に、南は目頭が熱くなるのを感じ、目をふせた。

―あんたの方が可哀想に…

千石も、南と同じように思っているらしい。
亜久津は…そろそろタバコがすいたくなったらしく、外に出ていった。
南が、舞台にいる3人を目を凝らして見ていた。

「あ。あれは…一番端で泣いてるひと、神尾アキラだ…。」
「へ?なんか聞き覚えのある名前だなぁ…」
(作者コメント:それは無しと言うことにしといてクダサイ、千石さん。パ・ラ・レ・ルですので。)
「あと、真中にいるのが鳳長太郎で…、反対側の端っこは観月…シゲルだっけ?」

「観月はじめです(怒りのオーラ)」

 観月の怒鳴り声を合図にしたかのように、舞台にいた三人が稽古をやめて立ちあがった。
観月が、大股に南のところまでやてくると、南を見上げて怒鳴った。

「どうして僕の名前のときだけトチるんですか!?だいたい、そういうところではしゃいでると、稽古のさまたげになるんですからね!?それくらい考えてもらわないと困ります!!」
「は…はぁ…。」

「ごめんなさい。ちょっと感情的になりやすいんですよ、この人…。」

鳳が、観月をなだめながら南に言った。
おっとりした語り口調は、南を安心させたが、千石をイライラさせた。

―それ以上南ちゃんに近づくなー!!(ヤキモチ)

「やっとお終いか。ホント、なんで俺が女役なんてやらされるんだよ……」
「伴田先生が選んだからに決っているじゃないですか。それに、。僕だってそうなんですよ。」
「観月はいいじゃん。女みたいだし。」
「嬉しくありませんね。」
「嬉しかったらヘンだって。」

ニヤニヤと笑って観月をおちょくっている神尾に、観月が最高のし返しをしてよこした。

「3時。」
「は?」
「3時からまた稽古ですから。遅れないように。」
「そんなぁ〜……(涙)」
「ふんっ。なんといおうと決まったものはし方ありませんよ。悔しかったら演技でそれくらい泣いてごらんなさい?それに、どうしてあなたがクリスティーヌ(主演)で、僕がカルロッタ(仇役)なんですか!?それもなっとく行きませんが、あなたみたいなあんな子供だましの演技でクリスティーヌやってられるのが更に奇跡だと僕は思いますけどね。」

散々毒舌を吐いた後、観月はそっぽを向いてしまった。
神尾は、南に耳打ちする。

「男だけでこの芝居やれるってことの方が奇跡だと思わねえ?」
「思います。」(なにやら共鳴したようだ。)

隣では、まだ機嫌を損ねたままの観月を鳳がなだめていた。

「はい。みなさん休憩を取ってください。」

伴田が言って、役者達は「お先に失礼します」とだけ挨拶して劇場を出ていった。

「みんな、プロの役者さんって…カンジ。」

南がそう言うと、

「確かに、役者って世界のきびしさが伝わったよ…。」

っと、千石が溜め息をついた。
目の前で散々喧嘩(一方的なものであったが…)されてみれば、さすがに呆れもするだろう。

「彼等は同期生ですからね、ライバル意識が強いんでしょう。」
「どうきせい?同い年には見えないけど???」
「中学や高校とちがって、年齢は関係ないですからね。40代の新人だっていますよ。」
「へぇ〜…」
「――さ、じゃぁ劇場を簡単に案内させてください。」
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