ラッキー千石の事件簿

□ジョゼフ・ビュケは、首を吊られ
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 ・七・

 翌日の朝は、あっけないほど無事に訪れた。
陰惨な事件の終焉を物語るかのように鬱々とたち込めていた霧も晴れ、青く高いそらと照りつける太陽は、昨日までの二日間が、真夏の夜の悪夢であったかのような、そんなありふれた穏やかさに満ちていた。
朝食は、普段よりかなり送れて、午前十時近くに始まった。
鳳は、食事はいらないと言って部屋に閉じこもったままである。食堂には、亜久津と千石と南のほかには、乾と忍足と神尾しかいない。
たった二日の間に、三人も死者が出たのだ。
通夜のような静けさの中、最後の朝食が運ばれていく。誰も言葉を交わさず、それでいて、誰もが口にしたいことを山ほどかかえているように思えた。
重苦しさに耐えかねて、従業員の誰かがステレオをつけた。明るい調子のモーツァルトの室内楽が流れたが、思い空気は立ち去ろうとしない。
忍足侑士が、食べかけのフォークとナイフをそろえて席を立った。
南も千石も亜久津もさすがに食が進まない様子で、ハムエッグもソーセージも半分以上残して、もう食後のコーヒーに手をつけている。
ただ一人、乾だけはいつもと変わらず普通に食事をとっていた。
今日でアルバイトも終りだという森が、最後の仕事になるだろう後片付けを終えて、荷物をまとめに従業員室に戻った。伴田は、それを見送りながら、

「おつかれさま。」

と言って、淋しげに笑った。

「伴田先生!」

自室に戻ろうと食堂を出た伴田を、神尾アキラが追ってきて言った。

「俺…、劇団辞めます!」
「え…どういうことですか、それは…」

と、伴田。

「辞めて、このホテル手伝いたいんです。」
「何をバカな……。キミほどの才能の持ち主が、そんなことをする理由がどこにある?」
「おねがいします。先生のところに置いてください。今度の公演が終ったら、俺、この島に帰ってきます。だから―――」
「やめなさい。どうせこのホテルは、もう閉めることになるんだ。そんなことをしても、なんにもなりませんよ。」
「そんな……」
「殺人事件が二度も起きたようなホテルに、誰が好き好んで来るものですか。わかるでしょう?もう、ここは終りなんです。」
「いやだ……」

神尾の大きな目から、涙が溢れて、雨の雫のようにテーブルにしたたった。

「――先生が大好きです!だから、手伝いたいんです。」
「神尾くん……」

伴田の目に、驚きと戸惑いがかけぬけた。白髪混じりの眉が、伴田の迷いを物語るように、かすかに歪む。伴田は、子供のように嗚咽をもらす神尾の背に、手をまわそうとして寸前で止めた。

「神尾くん……これは、運命なんですよ。」

静かに告げた。
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