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□お伽噺の終幕
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眼前に広がる夕焼け模様がわたしの網膜に焼き付いて離れない。
そこから伸びる影がおいでおいでと手を振っている。
それは懐かしい人影だった。


『槙島さん』


「久しぶりだね」


『夢の中でも読書ですか?』


「何で夢の中だと思うんだい?」


『なんで、って…はぁ』


相変わらずの槙島さんに思わずため息がこぼれてしまった。
彼はくすくす笑いながら小さく音を立てて本を閉じる。


「君が夢だと言うなら夢なのかもしれないね」


『相変わらず意地悪ですね』


まぁ、どちらでも良いですけど。なんて軽くおどけて見せると槙島さんは小さく笑った。


「君は、何をしにこんな所へ来たんだい?」


『何をしに、ですか』


槙島さんからの意外な質問に人差し指と親指が自然と顎に動いた。
目的があって来たのか否か、わたしの脳は勝手に自己分析を開始してしまった。


「君が答えに言い淀むなんて珍しいね」


槙島さんの楽しそうに紡ぐ言葉でわたし飲むのは思考回路はストップした。
顔を上げれば思ったよりも近い距離に槙島さんの楽しそうな表情があった。


『そう、でしょうか…?』


「君はいつだって迷子の子羊の様に見せかけて、明確な意思や回答を持っていたからね」


槙島さんがにこりと笑いながら頭を撫でる。
少し気恥ずかしかったその動作は、今のわたしには泣き出したくなるくらいに辛くて苦しいものだった。


『―――っ…』


「君のサイコパスはその明確な意思と回答によって確固たる数値を保っている」


『わかりません』


「僕はそう考えている。だからこそ君に惹かれたのかもしれないね」


優しく笑う槙島さん。
堪えきれずに涙が溢れてしまった。


『ならどうして、…どうして、』


「君を置いていったのか、かな?」


わたしの魂の真ん中にあの日からいつまでも根強く残る疑問は、槙島さんにはお見通しだったみたい。
初めて音にされてしまったその気持ちにわたしは小さく頷くことしかできなかった。


「答えはとても簡単なことだよ。…君に生きていてほしかったから」


目の縁をなぞる優しい指先にますます涙は溢れてくる。
涙腺が壊れたみたいに次々と思いの欠片を押し出してくる。


『わたしだって、槙島さんに生きていてほしかったです』


世間で犯罪者とされてもわたしにとって唯一無二の人だった。
一緒に過ごす時間が途方もなくかけがえのなくて、愛しい時間だった。
これからもこうやって穏やかな日々が続けばって思ってた。
お互いに無いものを補いながら生きて行けたら、って。


『槙島さん、わたし、あなたが好きです。愛しています。言葉では現せないくらいに、愛しくてしかたがありません』


「ありがとう。僕も、君と同じように思えたなら一緒に生きていくのも悪くないと思ってしまうことだったと思う」


優しく優しく頭を撫でて抱きしめてくれる槙島さんの腕の中で、こんな最上級の愛の告白をしてくれた。
たったそれだけのことなのに、もうわたしの涙は止まって、たったそれだけのことで前に進める気がした。


『槙島さん、ありがとうございました』


「どういたしまして、で合ってるのかな?」


小さく笑ってくれる彼に自然と笑みが零れた。
きっともう二度と会うことはないと思った。
それでもきっとわたしはこの人をずっと忘れないで愛しているんだと思う。
わたしは今を生きる。


『ずっとずっと愛しています。さようなら、槙島さん』


最期の瞬間まで槙島さんは笑ってくれていた。





お伽噺の終幕




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