真っ黒い絵の具で塗りつぶした空の下でわたしは待っていた。
今夜は雲がでしゃばってるみたいで、月どころか星屑一つ見えやしないなんて。
なんか、へこむ。
「お待たせ」
『ほんとですよ』
「けど、退屈はしなかっただろ?」
『…内緒です』
「君はいつでも僕の斜め上をいくんだね」
くすくすと笑いながら向かいの席に座る槙島さん。
綺麗な顔立ちと優雅な振る舞い。
おまけに色相チェックはいつもクリアカラー。
完璧なこの人が世間で犯罪と呼ばれるものに関与しているなんて、きっと誰も思わないんだろうな。
そんなことを考えながらぼんやりと空を眺める。
相変わらずの真っ黒に少しだけ気分が落ち込んでしまいそうだ。
『はぁー…なんか寂しくなっちゃいますね』
「珍しく感傷的だね」
『だって、明日になったら槙島さんに会えなくなっちゃうんですもん』
やっと見つけたわたしと同じ孤独を抱える人。
その人が明日、公安局に捕まって、逃げ出しても殺されてしまう。
ありありと見えた予知夢はわたしをどん底に叩き落とした。
ありのままの真実を伝えたのに槙島さんは計画を断念することなく、続行の意思を示したのだ。
自分が死ぬのがわかっていて、小さい子どもみたいにわくわくしている今の彼はきっと誰にも止められないのはわかってる。
わかってるけど、やっぱり
「僕は君に感謝しているよ」
唐突にぽつりと言われたそれは、わたしの心臓をばくばくと動かすには十分だった。
驚いて槙島さんに視線を向けたら、彼はいつもの微笑を携えていた。
「君が居たから僕は孤独をまぎらわせることができたし、君が居たから運命にも似た人物に巡り会うことができた」
『コウガミシンヤ、ですか?』
「ああ。公安局の猟犬でありながら僕に辿り着いた彼は称賛に値するよ」
楽しそうにコウガミという執行官について話す槙島さんは少しだけ嫌いだ。
自分を殺す相手のことをそんなにも嬉しそうに話すなんて、やっぱりちょっと変わってる。
『…槙島さん。…隣に座ってもいいですか?』
「どうぞ」
おずおずと移動して槙島さんの隣に座る。
柔らかい香りがして思わず槙島さんの肩に頭をもたげてみた。
肩口からみる槙島さんはやっぱりわたしの大好きな槙島さんで、泣きたいくらいに綺麗だった。
『槙島さん、わたしの夢は確かに予知夢と呼ばれるものにに間違いないです』
「そうだね」
『だけどそれが運命ではないです』
『未来はきっと誰にもわからないです』
『だから、必ず帰ってきてください』
ぎゅっと握った槙島さんのシャツはしわくちゃになってしまった。
そんなことなど気にしない槙島さんは小さく笑ってわたしの頭を撫でてくれる。
そして大好きな笑顔で、大嫌いな言葉を吐き出した。
「努力するよ」
しにたがり
せめて最後くらい嘘をついてほしかったな。