喜八郎の見張り役

□ある冬の日
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いつもの様に、喜八郎くんのもとで教科書を開きながら見守っていた。もうすっかり冬で、動かないわたしは寒さで腕を擦る。わたしもちょっと穴掘りしようかな、なんて思ったりもする。
いつになく一生懸命穴を掘る喜八郎くん。見慣れた光景に微笑ましくなった。

教科書を読み込んでいたが、冷たい風が吹いて現実に引き戻されたかのように身体が冷えてきた。
教科書から視線を落とし穴にやると、いつからか喜八郎くんが穴から顔を覗かしこちらを見ていた。なんかかわいい、と思ってしまったのは黙っておく。それにしてもすっごい見てくるけど…なにかあったのかな?

「喜八郎くん、なに?」

そう一言問うと、喜八郎くんは穴から飛び出た。そしてわたしの腕をつかみ、わたしを穴に誘導する。喜八郎くんが腕を掴みながら穴の中に飛び込むので、わたしも一緒に飛び込むことになったのだけど。如何せん急なことで受身を取れず、喜八郎くんの上に落っこちてしまった。


「いたた…」
「…おやまぁ」

穴の中で目を開けると、目の前に喜八郎くんの顔が。思わず両腕をついたんだけど、その腕の間に喜八郎くんの頭があったのだ。所謂流行りの床ドン…たるものをしてしまった。喜八郎くんに。普通逆!…いや、逆にしてっていうのもおかしなはなしだけど!


「ご、ごめん!」

急いで喜八郎くんから離れようとしたのだが、喜八郎くんに腕を掴まれそれは叶わなかった。え、なに。
なにがおこってるのかわからない。喜八郎くんの顔をみると、わたしの顔を凝視していて。こんな近い距離でこんな見つめられるとそりゃ照れるよ。顔が熱くなったとき、喜八郎くんはぷ、と吹き出した。

「鼻の下に土」と笑いながら話す喜八郎くんから慌てて離れ、鼻の下を拭う。


「早く言ってよ〜!」

さっきよりも顔熱いよ!笑いすぎじゃない?いまだに笑っている喜八郎くんをじろりと睨む。穴に落としておいて、笑うなんて酷いよ。落としていた教科書を拾い襟元になおす。代わりに苦無を取り出した。綾部くんはずっと笑ってればいいよ。穴から脱出しようと苦無を手に足を一歩動かした時、袖をぴ、と引っ張られた。振り返ると、もう笑っていないいつもの顔の喜八郎くんが。喜八郎くんの笑顔が消えて悲しい…とちょっとだけ思ってしまったわたしはわがままだ。

「もう笑わない」
「う、うん」

喜八郎くんなりに悪いとおもってるのかな、これは。喜八郎くんはそう言って悲しい顔するから、穴から出て欲しくないんだと勝手に解釈して苦無をしまった。すると、喜八郎くんに腕を引っ張られ座れと催促される。されるがままにわたしはその場に座り込んだ。

何かをするわけでもなく、喜八郎くんはその場に丸まって寝転んだ。え、寝るの?喜八郎くんの自由さに戸惑いながらも、わたしもちゃっかり教科書を出し対応する。
すこし読み進めた時、ふと思ったことがある。穴の中風がなくて暖かいかも。すぐ近くに喜八郎くんもいるから余計に暖かく感じる。喜八郎くん、わたしが寒いだろうと気を使って穴に入れてくれたのかな。若干自分の希望入ってるけど…。
隣で眠っている喜八郎くんを見る。あまり気にしてなかったけど、喜八郎くんって綺麗な顔してたんだ…。手は穴掘りでゴツゴツ豆だらけなのは知ってる。それに似合わず顔は、睫毛長いし鼻筋通ってるし、唇だって……ってわたしなに考えてるの!

それから喜八郎くんと触れている面を意識してしまい、勉強に全く集中できなかった。





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