喜八郎の見張り役

□お互いさま
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からっと晴れ爽やかな休日。今日綾部くんはどこかへでかけるみたいで、小松田さんに外出届をだしていた。休日も暇があれば穴を掘っている綾部くん、どこにでかけるのかわたしも知らない。ちょっと気になるけど…。

綾部くんも留守な忍術学園はちょっと退屈で、丁度いい機会だと思ったわたしは気晴らしに町に出ていた。頭には母がくれた簪をつけて。母も元気になったみたいで、今度は母から文が着ていた。母の元気な姿を思い出し、頭にある簪に触れた。

わたしは簪を見せびらかす様に町を歩いた。町を見て回るだけでも気晴らしに丁度いい。
とても気分がよく鼻歌でも歌いそうな勢いで歩いていたところ、後ろからどすの効いた声が聞こえた。

「よお、嬢ちゃん」
「はい?」

後ろを振り返ると、髭を蓄えた大柄の男がわたしを見下ろして立っていた。誰だろうこのおじさん。わたしに何か用なのかな。

「嬢ちゃん、あんたにはお世話になったよなあ」
「え…っと……?」

まさかの知り合いだったらしいです。しかもわたしがお世話したとかなんとか。
しかし、おじさんの雰囲気はどちらかというと険悪で、今にも殴ってきそうなほどだ。たぶん悪い方向のお世話だったんだろう。争いなんてしたくないし……ここはやっぱ逃げるが勝ち!

「逃げようたってそうはいかねえぜ」

隙を見て去ろうとしたわたしの腕を、おじさんの手が捕らえた。おじさんは息がかかる距離まで顔を近づけてきた。……あ、この人、前に女装した綾部くんに絡んでた人だ!ずっと覚えてたなんて、おじさんねちっこいなあ。
どうしよう、大きな声出す…?おじさんから視線を外し周りを見渡すと、町の人達は何事だ?とちろちろとわたしたちを見ては去っていくだけ。
こっちを向け、とおじさんに頭を掴まれその拍子にわたしの頭につけていた簪が地面に転がり落ちた。優しく笑う母の顔が浮かぶ。母にもらった大切な簪、わたしは無我夢中で男を払い除け簪を拾うため手を伸ばした。

「い…っ!」

伸ばした左手は、おじさんに強く踏みつけられた。だめだわたし今、前が見えていなかった。おじさんはニヤニヤと笑いながらわたしの手を踏みつぶしてくる。お、大人げないよこの人…!手を引き抜きたくても、簪がある手前できなかった。


「おじさん、みっともないよ」

この男をどうしてやろうか、と考えていた時だった。わたしの後ろから聞き覚えのある声がした。

「なんだ?小僧」
「ハナさんを放して」

振り返るとそこには、私服姿の綾部くんが立っていた。手には大きめの袋、きっと町に用事があったんだ。今のわたしには素敵な救世主みしか見えない。綾部くんの、おじさんを睨みつけるその目は鋭く冷たかった。珍しく感情的になっている綾部くんに思わず見とれる。

わたしがポケーとしている間にも、綾部くんは袋から何かを取り出し素早い動きでおじさんの脇腹にそれを当てる。綾部くんが手慣れたようにくるくると回しおじさんに攻撃を仕掛けていたそれは、踏鋤だった。
おじさんがよろけた隙に足から手を引き抜き、序でに目の前にあったおじさん足を引っ掛けて間合いを取った。


「ハナさん」

喜八郎くんに名前を呼ばれ振り返る。目の前には手が差し伸べられていて、わたしはその手を握った。



二人で手を繋いで町を駆け抜けた。わたしと喜八郎くんの立場は逆だったけど、前にもこういうのあったよね。喜八郎くんの暖かい手にひどく安心し、頬が緩んだ。

町を抜け、しばらくしたところで立ち止まる。逃げてきた道を振り返ると、おじさんは追ってきておらず、なんとか逃げ切っていた。


「喜八郎くん、助けてくれてありがとう」
「うん。それより、それ…」

喜八郎くんの視線はわたしの手の中にある簪に向かっていた。手の上の簪は、なんとか無事でわたしはほっと胸をなでおろす。
すると、喜八郎くんの手が伸びてきて、その簪を取り上げる。そして、わたしの頭に手を伸ばして着けてくれた。すぐ前には喜八郎くんの顔があって、あまりの近さに自分の顔が熱くなる。

「その簪、とても似合ってると思うよ」

簪をつけ終わった喜八郎くんはその距離のままわたしの顔を凝視した。わたしは慌てて視線を逸らす。

「顔赤いけど」
「だ、だって…綾部くんが嬉しい事いってくれたから…、綾部くんがそう思ってくれていたらと思うとすごく嬉しくて、それに…」

そう続けて綾部くんの目を見ると、綾部くんも察したのか、頬が少し紅潮していた。それを見て余計に顔が熱くなるのがわかった。わあああ!!なんか調子狂うよおお!?


「…いこう」

赤くなった綾部くんを見れたのもつかの間、いつもの綾部くんに戻ってしまった。
綾部くんと二人で学園までの道を歩く。顔の熱も徐々に落ち着いていった。よかった…学園に帰るまでに冷めて…。やっと隣を歩く綾部くんを見ることができるようになった。


「今日は本当にありがとう。綾部くん、かっこよかった」

踏鋤を武器として扱う綾部くんを思い出してちょっとにやける。返事のない綾部くんを見やると、ちょっと拗ねたような顔をしていた。なんで!?かっこいいって、褒め言葉だよね!?

「ハナさんって、いつもずるいなぁ」
「え?ずるい?」
「うん、ずるい」

そう言って綾部くんは歩くスピードを速める。え、なんで!?っていうか、ずるいってなに!?どこがずるいのかを聞いても、綾部くんは「そういうところ」とだけ言って口を閉じてしまった。結局、わたしは知らず知らずのうちに、ずるをしているみたいです。





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