喜八郎の見張り役

□お淑やかに
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先生が外に出ている為、くのいち教室の午後は自習。変装の為の観察をしにわたしは町に来ていた。いつになく町は賑わっていて、休日かと錯覚する。
そういえば、今日は忍たま四年生が女装して町に出るとかなんとか風の噂で。丁度いいや、忍たまも観察してみよっと。

忍たま四年生といえば、綾部くん。
綾部くんは、わたしが落とし穴に落ちない事にいまだに納得いかないようで、わたしをその落とし穴に嵌めようと毎日奮闘していた。
四年間くのいち教室の長屋のトラップを経験してきたし、それに綾部くんの穴は嫌ってほど見てきたからね。
そう綾部くんを説得しても、聞き入れてはくれなかった。

綾部くんの女装、様になってそうだなぁ。少し気になるけど、わざわざ探すのもなんだか気が引ける。
なんとなく、団子屋から行き交う人を見ていた。町は穏やかではないようで、大柄の男に絡まれている女性が目に入った。当たったとか痛かったとか、おじさんいい歳してなにしてるの…。
女性はわたしに背を向ける形で立っている為、表情はわからないが、恐らく全く怯んでいないのであろう。男は顔を真っ赤にして怒っている。わたしも一応は忍びの端くれだ、男の手が出る前に助け出そうと、一言謝ってから女性の手を掴み走り出す。が、その足取りはとても重くて、不思議に思ったわたしは振り返り女性の顔を拝見した。


「あ、綾部くん…!?」
「おやまあ」

男に絡まれていた女性は、女装姿の綾部くんだった。なんという偶然…!綾部くんもわたしの顔を見て驚いている様だった。
完璧に女性になっている綾部くんに見惚れるのもつかの間、後ろから男が追いかけてきているのが見える。

「綾部くん、追いつかれちゃうよ。走って!」
「そんなこと言われてもなぁ」

苦い顔をしながらも足を動かす綾部くん。慣れない着物と下駄で走りづらそうだった。
そうだ、一か八かで綾部くんを抱いて逃げるのはどうだろうか。
そんなこと考えている時だった。


「そんなに急いでどこいくんだい?」

走るわたしたちの前方に、また新たな男性が立ちはだかった。見事にはさみうちだ。今日に限ってなんでこんなに絡まれるの…!?
……繋がった手の持ち主を見て察した。綾部くんがすごく別嬪さんなんだ。男も放っておかない程にね、とほほ。

「お嬢さん達美人だねぇ。姉妹かい?」
「えっと、ちょっと急いでるんで」
「一緒に甘いもの食べに行こうよ」
「後ろから来る人宥めてくれたらデートしてあげます…!」
「え…え?」
「よろしくお願いします!」

わたしは綾部くんを抱き上げ、戸惑う男性を放って走り出した。
綾部くんに、ちょっと我慢しててと言ったものの、綾部くんは思ったより重かった。重い事が伝わったのか、下ろせばいいのに、と呟いた綾部くんを無視して走り続ける。
あの若い男の人がおじさんの足止めをしてくれてたらいいんだけど…。



「…こ…ここまで来たら、安心…でしょ…」

町の出口まで来たので、もう誰も追って来ていなかった。綾部くんを下ろしてから、少し離れたところで着崩れてしまった服を直す。
上がっていた息も収まり、綾部くんの元へと戻るとなんと綾部くんは穴を掘っていた。この期に及んで穴掘りですか、綾部くん。綺麗に着飾っていた着物も崩れ、太ももがはだけている。綺麗だけど、少しだけゴツゴツしている足を見て少しだけ顔が熱くなった。


「お、女の子はお淑やかにしなきゃ」

ダルそうな綾部くんを穴から出して、着物を整えてあげる。忍術学園に帰るまで女装は解けないんだからね、綾部くん。

「君に言われたくない」
「あ、はは。それもそうか」

確かに、綾部くんを担いで大股で走ったわたしが言えた言葉じゃないけど。
改めて、近くで見る女装姿の綾部くんはやっぱりどこを見ても整っていて、どっからどう見ても綺麗な女の子だった。あまりにも見とれすぎて嫌そうな顔の綾部くんに「なに?」と言われた。


「……それ」

少し気まずい空気の中。綾部くんが指さしたのはわたしの頭。わたしの頭がどうしたのだろう、と自分の頭に触れる。どれの事だろう。お団子に付けている簪を指してみる。

「これ?」
「それどうしたの?」

綾部くんは否定をしないのでこれは肯定と受け取っていいのだろう。

「これは母から貰ったものなの」
「ふーん」
「可愛いでしょ。似合ってる?…なんてね」
「うん」
「……え」

…今「うん」って…!?ま、まあお世辞かもしれないし、綾部くんの事だから適当に答えたのかもしれないし…。でもやっぱり嬉しくて素直に照れてしまった。

わたしが呑気に照れたりして目を離している隙に、綾部くんは手拭いで自分の顔をゴシゴシと擦っていた。

「ちょっと!?ダメだよ!」

急いでゴシゴシと擦る綾部くんの腕を掴んで阻止したものの、綺麗に施されていた綾部くんの顔のお化粧は見事に崩れていた。

「あーもったいない…!」
「……」
「…ごほん。忍術学園に帰るまで女装は解いちゃいけない筈だよね?」
「もう疲れた」
「ダメだよ!化粧し直すからね?」

と、言ったわたしだけど、ほんとは綾部くんの女装姿がもっと見たいだけなのである。
わたしの気に押された綾部くんは、もう全て委ねるように目を瞑った。意外と近い距離に少し緊張するけど、女装姿の綾部くんと出会った時のようなあの顔をもう一度再現する為に少しずつ修正していった。


「終わったよ」
「ありがとう」
「うん、かわいい」
「ハナさん」
「な、なに?」
「さっきの男と本当にデートするの?」

いつも呼ばれるとしても「君」とかだから、名前を呼ばれたことに少しドキッとした。そして綾部くんがそんな事を聞くなんて少し不思議だ。若い男の人に気安くデートするなんて言っちゃったけど、軽い奴だと思われたのだろうか。あれはあの時の出任せの言葉だから本当じゃないのに。

「ううん、しないよ」
「そう」
「…う、うん」
「さ、行こう」

それだけ言って綾部くんは町の方へ足を向けた。心なしか少し元気で、足取りも軽いみたい。
今日は綾部くんの心境がわからない日だ。…っていつもか。
でも、綾部くんは後ろを振り返って待っていてくれた。一緒に行っていいみたいで、わたしの足取りも軽くなった。




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