喜八郎の見張り役

□落ちない
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わたしなりに、綾部くんの掘った穴の良し悪しを確認して、悪いものから埋めているつもりだった。その成果もあってか、綾部くんは普通に接してくれるようになったし、綾部くんの言う落とし穴に対しての美しいや芸術的という言葉の意味が理解できるようになってた。

ある日の放課後。いつもは一人ふらっとどこかに消えて穴を掘っている綾部くんが、珍しく話しかけてきてくれた。…わたしと間を空けて。これは何の距離なのかな。心の距離かな。


「ハナさん」
「なに?綾部くん」

わたしと綾部くんの間にあった落とし穴を避け、綾部くんに近寄った。あとでこれも埋めなきゃ。


「……」
「綾部くん?」

言葉を発さない綾部くんを覗き込むと、むす、と不機嫌なオーラを醸し出した。あら、どうしたの、綾部くん。またわたしやらかしちゃった?


「嫌い」
「えっ」

え!?
綾部くんはわたしにそう一言ぶつけてから、ぷいっと怒って歩いて行ってしまった。

珍しく綾部くんに名前を呼ばれて嬉しかったのに…。わたしに嫌いって伝えるためだけに来たの?そ、そんな…これじゃあまた出会った当時に逆戻りだよ…。






そんな事がありながら、忍たまくのたま四年合同で実習授業が行われた。二人一組でひとつの巻物を守り、他ペアからは巻物を奪い、数を競うものだった。そしてわたしは運良く…運悪くっていうのかな…、綾部くんとペアを組むことになった。こればっかりはくじ運が…。

綾部くんに「よろしくね」と一声かけるが、綾部くんは闘争心むき出してわたしを睨んでいた。いや、わたし味方だから!向ける方向違うって!

開始の合図とともに、綾部くんはどこかに消えた。巻物は必然的にわたしが持つことになる。
ちょっと、綾部くんったらほんとに自由すぎない!?その場で立ち往生していると、さっそく他のペアがわたしの巻物を狙い攻撃を仕掛けてきた。仕掛けるの早いって!綾部くん助けてー!
一人で二人を相手するのはさすがに厳しく、わたしには逃げる事しかできなかった。しかし巻物はなんとか死守。


綾部くんどこいったの…。一人は心細いって…一緒に行動しようよ…作戦立てようよ…。
こそこそと綾部くんを探していると、中庭のど真ん中でポケーとしている綾部くんを見つけた。めっちゃ堂々としてるー!
綾部くんの元へと素早く駆け寄った。


「綾部くん探したよ!こんなだだっ広いとろこで何してるの!」

少し怒り口調で話すわたしの顔を見て綾部くんはまた顔を逸らした。綾部くんったらまだこんな時に…!
自由すぎる綾部くんに一言言ってやろうと、口を開こうとしたら背後から迫ってくる気配がした。苦無をもって振り返ると、目の前まで迫っていた忍たま達がスッと姿を消した。

「…あれ?」

それからすぐにドーンと低い音が辺りに響いた。


「あ、落とし穴…!」

なんと忍たま達は目の前の落とし穴に落ちていた。これは綾部くんの掘った落とし穴だ。綾部くんを振り返ると少し嬉しそうな顔をしていたけど、わたしと目が合ったと思ったらすぐに真顔に戻ってしまった。いつもならここで「だいせいこう」っていう筈なのに、そこまでわたしの事嫌いなのかな。

そんな私情はともかく、落ちた忍たま達を見て、わたしはしめしめと隙をついて巻物を奪う。

「綾部くん、やったー!」

巻物取ったよ!と呑気に喜んでいた時だった、四方八方から忍たまやくのたまが迫ってきた。やばい…!わたし完全に隙だらけだ…!とほぼ諦めかけていたとき、わたしは信じられない光景を見てしまった。

四方八方から来ていた忍たまたちは、皆姿を消した。ここ一帯は綾部くんの落とし穴だらけで、みんなそれに落ちていたのだ。
見たことのない光景に笑いそうになったけど、そんなことより巻物!とわたしは本当に現金な奴だった。


穴から出て体制を立て直す忍たまを見て、わたしは急いで綾部くんを連れ逃げた。
穴に落ちた全ペアの巻物は取れなかったけど、元あった自分達の巻物含め四つは確保できた。もう十分じゃないかな。わたしなんもしてないけど、頑張った方だよ。

掴んでいた綾部くんの腕を放して、物陰に隠れる。
綾部くんが落とし穴に落としてくれなかったらここまで奪えなかっただろうし。非協力的だと思っててごめんね綾部くん。ほとんど君のおかげだよ。

「綾部くん、ありがとう。そんな作戦があるなら言ってくれればよかったのに〜」
「なんで」
「え?そりゃ、わたしだって協力…」
「違う。君はなんで落とし穴に落ちないの」
「…え、あ、えっと、だってわたし、綾部くんの穴は見慣れちゃったから、かな。綾部くんの掘る落とし穴は綺麗だからね、他の落とし穴がたくさんあっても君の掘った穴は見つけ出せると思うんだ。」


わりと本心だったけど、本気で照れくさくなって「なんてね」と付け足す。


「………」
「この理由じゃ、だめかな」


綾部くんを見ると、膝を抱えて黙り込んでいた。
ん〜難しい。





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