喜八郎の見張り役

□スランプ
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『ハナ、いつも助かる。ありがとう』

食満先輩の声が頭の中でこだまする。わたし、食満先輩の役に立ててるんだ…!今週はもっと頑張れそう!
ルンルン気分で綾部くんの元を訪れ、綾部くんを見守る。相変わらず穴を掘っていた綾部くんも突っ込まずにはいられなかったのか、作業を止めわたしを見上げた。

「機嫌いいねぇ」
「まあね!」

苦笑いして穴を掘る作業に戻った綾部くん。お互いあの険悪なムードから落ち着き、今ではすこし世間話などをする仲に…多分なってる、筈。でも、綾部くんはまだわたしのこと嫌いみたいで、わたしたちの関係はまだ知人止まりだった。友人と言う事を許してくれなかった。まあもともと変な出会い方だったし、仕方ないところもあるんだけど。

綾部くんとの関係も食満先輩との関係も、少しずつだけど上手くいっている様で、近頃は穏やかにすごしている。


「食満先輩ってやっぱりモテるよね…」

思わず出てしまった独り言に、綾部くんは再び手を止た。

「…なに急に」
「ごめんね、君にこんな話しても面白くないよね…」
「うん」

素直すぎ!綾部くんはそう言ってまた作業に戻ってしまった。綾部くんの後ろ姿をみていると、いつもと様子がすこし違うような感じがした。いつものあの凄まじい集中力がない、というか…。すこし掘ってはすぐに手が止まってしまっていた。

「綾部くん?」
「なに?」
「もしかして調子悪い?スランプとか?」

いつもわたしが傍にいても、気にせず穴を掘りまくるのに。綾部くんは苦い顔をして穴を掘り進めた。図星なの?果たして穴掘りにスランプとかあるのかは不明だが。綾部くん、前落とし穴は芸術とかなんとか言ってたし、ありそう。

「気分転換に他の事してみたらどう?」

穴を掘る手を止めない綾部くん。調子悪いけど、どうしても穴掘りがしたいみたいです。
…あ、いいこと…じゃないかもしれないけど、思いついた!

穴を埋める用に持ち歩いていた用具倉庫の鋤を手に持って、綾部くんの隣に並ぶ。

「一緒に掘ろう!気分転換になるかもしれないし…どう?」
「……うん、別にいいけど」
「よかった。邪魔だったら言ってね」

綾部くん、一人で集中したいタイプっぽかったから断られるかなと思ったけど、了承してくれてよかった。

「君、僕の見張り役じゃなかったの」
「そうだね。でも、いつもは楽しそうに掘ってるのに、元気なさそうに穴を掘る綾部くん見てるとモヤモヤしたから」

いつもの綾部くんの調子が出ていなくて、見ていられなかった。それに、楽しそうじゃない綾部くんが掘る穴を埋める方の気持ちになってみたら本当に虚しいし。

穴を掘り始めると、これが意外と楽しくて時間を忘れ夢中で掘っていた。

「楽しい、楽しいよ、綾部くん!」
「ふーん、よかったね」
「うん!…って、ごめん!わたしが楽しんじゃって…」
「別に気にしてない」

案の定、綾部くんはあまり掘り進めていないようだった。綾部くんを元気づける為だったのに、わたしが率先して掘ってどうする。
やってしまったと焦っていると、綾部くんがわたしの掘った穴をじろじろと意味ありげに見ていた。

「僕は好きだよ」
「え!?」
「この穴」
「あ、ああ…なんだ……え!?」

って、え!落とし穴のプロと言っても過言ではないあの綾部くんに…認められた…?
綾部くんはわたしの掘った穴を触っていた。

「それ、ほんと!?」
「え、なに」
「どの辺がいい!?」
「美しくないけど自由奔放で奇抜なところ?」
「………」

ねえ、それって褒めてる…?…でも、綾部くんが好きって言ってくれたし!穴だけど。それに、ちょっとは仲良くなれたのかもしれないし!
現金なわたしは、『穴掘り楽しいかも』とか呑気な事考えていた。そうだ、名前!綾部くんもターコちゃんとかトシちゃんとかつけてたし、わたしも名前付ける!えーっと、


「つぼみ!」

突然叫んだわたしに、綾部くんは頭の上に"?"を浮かべていた。し、しまった。つい気分が上がってしまっていた。綾部くんに引かれるよ…。引かれたところで今更感はあるが。


「タコ壺のつぼみ。名前付けてみたんだけど…」

わたし一人すごいテンション上がってて、なんか急に恥ずかしくなってきたわたしは、鋤を手に体を縮こめた。
チラ、と綾部くんの姿を確認してみると、綾部くんはものすごく笑っていた。その笑顔をみて余計に恥ずかしくなった。い、言わなきゃよかった…!





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