いちばん

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日に日に千鶴への想いは強くなる一方で、千鶴に想いを伝える勇気がまだ足りなかった。
千鶴もきっと私と同じ気持ちでいてくれている…筈…。千鶴の事になると、どうもいつもの私の調子が出ないのだ。
はぁ…恋がこんなに辛いものだとは…!三木ヱ門の奴に忍者の三禁がなんたらと説教を食らったが、この私が色にはまってへまをしたところで、元々成績優秀で抜かりの無い私にはあまり支障はないのだ。全く、あいつはこの滝夜叉丸をなんだと思ってるんだ!なにより、千鶴とはそういう関係ではないというのに!!




「…ふぅ、良い湯だった。」

風呂から上がり自室へと戻る。喜八郎はまだ戻っていない様だった。風呂にも入らずまた穴掘りでもしているんだろう。
髪を梳いていると、廊下をどたどたと走る足音が聞こえた。こんな時間に下級生が四年生の長屋に何の用なんだ?この滝夜叉丸に会いにきたのだろうか!?
…………どうせ私には関係ない事だろう、と気にも留めず髪を梳き続けていた。


「滝夜叉丸先輩!」
「わあ!?なんだあ!?」

返事も待たずに先輩の部屋の戸を開ける下級生等。まさかの訪問者で驚き振り返るとそこには我が体育委員の後輩三之助に四郎兵衛、金吾が飛び込んできた……というより部屋に三人同時に入ろうと戸に支えた様で転がり込んできていた。

「おいお前達、…大丈夫か?」

床に転んだまま寝転がっている下級生たちを見下ろす。

「滝夜叉丸先輩、中庭で七松先輩が千鶴さんに…」


・・・―――――――――


七松先輩が千鶴を連れ去って夜遊びをしているという話を聞いて思わず不埒な想像をしてしまった私は千鶴を助けに中庭に飛び出してきたのだが………………。何故こんな事に…。

いてて、と顔を歪ませる千鶴に私は流石に己を殴りたくなった。こんな時間に深くて暗い落とし穴に落ちて上がれなくなってしまった千鶴を助けるつもりが、私も一緒になって落ちてしまうなんて…然も千鶴の上に。千鶴に怪我でもあったらなんて考えるとぞっとする。大丈夫、という千鶴だが無理をしていないか心配だ。

「滝夜叉丸くんは怪我してない?」
「私は千鶴が受け止めてくれたので怪我なんかしない」

よかった、と土の付いた顔で笑う千鶴が可愛らしく愛しくて、私も釣られて笑みを漏らした。こんな時でも千鶴の笑顔を見るとつい安心してしまうのだ。

「千鶴、顔に土が付いてるぞ」

千鶴の顔に手を伸ばして千鶴の頬に触れた。ポカン、としていた千鶴の頬はやがて熱を帯びて温かくなっていた。柔らかくて心地が良い。

「…あ、ありがとう…」

照れるように少し俯く千鶴を見て今自分のしている事に気がついた。急に照れくさくなって手を引っ込める。

「…え、あ!す、すまない…!」

ああああ完全に無意識のうちに千鶴に触れてしまっていた…。
すこし照れくさい様な気まずい空気が流れる。


「あー、えっと、とりあえず穴からでよう滝夜叉丸くん!」
「あ、ああ。そうだな。」

そ、そうだ、先ずは穴から出る事を優先に考えなければならないのに、私とした事が千鶴と過ごす今に幸せを感じ夢中になってしまっていた。
いかんいかん、と苦無を取り出すため襟元に手を突っ込む。

「………」
「………」
「武器を忘れた…私今何も持っていないのだ…」

ああああああ私は一体ここに何をしにきたんだ…!まさか輪子まで部屋に置いてきてしまうとは…踏んだり蹴ったりだ…。ここまで千鶴には格好悪い滝夜叉丸しか見せていない。はぁぁぁぁ……。

「大丈夫、サエちゃんがきてくれるよ!」

サエちゃんって千鶴の同室のくのたまか…。はぁぁぁぁ…………………。千鶴はポジティブにうんうんと頷いて励ましてくれるのだが、私は元気を無くしていた。


「助けは来ないよ」

落ち込んでいる私に、私の声でも千鶴の声でもない第三者の声が穴の中に響いた。上を見上げると月上がりで微かに喜八郎影が見えた。
助けは来ないって、喜八郎が助けにきてくれたんじゃあないのか?という疑問を言葉にする前に喜八郎は意味がわからない事を言い出した。

 私が男になるまでたすけはこない…?

は?
……は??


「じゃあね」
「え、ちょっと!」
「待て喜八郎!」
「ごゆっくりー」

意味がわからないまま喜八郎は行ってしまった。ごゆっくりーって…ごゆっくりなんてこの状況でできる筈ないだろうが喜八郎!!!……ん?ごゆっくり…?もしかして私達は喜八郎達に嵌められたのだろうか。それに私に男になれって………。
隣の千鶴を見つめると、千鶴は喜八郎が去った後の星の天井を寂しそうに見ていた。千鶴は時折腕を摩る仕草をしている。

お互い寝間着のまま穴に落っこちたのだが、千鶴は薄着で羽織も何も着ていない。穴の中というのもあり、確かにここは少し寒い気がする。今まで何故私は気を使わなかったのだろうか。

「千鶴、寒いだろう」
「え?」

千鶴に自分の着ていた羽織を着せる。私の心配をしてくれる千鶴だったが、大人しく着てくれた。もしかして今の私かっこいいかもしれない。かも、じゃない絶対にイケてる!!ボサボサになった髪を掻き揚げるように流す。やっと千鶴にいいところを見せる事ができた!
心の中でガッツポーズをしていると手に何かが触れてビクリと体が揺れる。千鶴がそっと私の手を握ってきたのだ。

「千鶴…!?」
「手、にっ握っていれば少しは暖かいと思って……」

上目遣いで私を見上げてくる千鶴に私の身体は硬直する。千鶴、なんて可愛らしい事をするんだ…!

「い、嫌かな…」

悲しそうに俯く千鶴を思い切り抱きしめたくなる。全然嫌なんかじゃない。むしろ嬉しい。

「嫌…ではない」
「本当?」
「あ、ああ」

そう答えると嬉しそうに顔を上げる千鶴。理性的に私を殺しに掛かってきている千鶴。千鶴本人は自分がこんなにも魅力的な女性だという事に気づいているのだろうか。緩み離れてしまいそうになった千鶴の手に思わずぐ、と力を入れた。


「千鶴…、やはり私は…」

千鶴を見つめると千鶴も私を見つめ返してくれる。私は意を決し喉を鳴らした。





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