創作夢ver.長編

□第三章
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【陰陽の神子、今はただ穏やかに眠る。未来の行く末、暗く、濁りて、先見えぬことなど、知らぬままに。】





───あったかい……それに…身体が軽い………まるで、浮かんでるみたいに……


ヒメノは意識は浮上するも、その心地よさからなかなか目を開けられずにいた。

温かさに包まれたまま、意識をまた落とそうとするとわすがにだが空気の揺れをかんじはじめる。


《ーーぃてぇ!》

───…騒がしいな〜

《ーーきぃてぇぇ!!》

───もう!!

『お母さ〜ん…あと…三分んん〜………』

《ーーーッ!!!おぉぉきぃぃてぇぇぇ!!!》

『うやっっっ!!?』


耳元から突然爆音以上かとも思えてしまうほどの怒鳴り声と全身を襲う激痛により現実へと無理やり戻される。

驚きからまだ眠そうにしている目をパチパチと瞬かせ、キョロキョロと自分自身の今の状況を確認していた。


『いっいったい何!?なんで床に落とすの!!お母さッ』

《お前なんぞの母上ではなァァァァい!!!》

『ぇ?!……女の子が浮いてて…狐だ……まだ夢なのかしら…』

ペシペシ
《こりゃ!また寝ようとするな!!この阿呆者!!》


自分の母だと思っていた相手はぷかぷかと浮いている可愛らしく狐の耳と尻尾のある小さな女の子だった。

その女の子はヒメノの頭を何度か叩き、ムッとした表情をそのままにヒメノに背を向け歩きだす。


───なんで…なんで……まだこんな夢みたいな世界にいるの…


まだ続いている不思議な現実に焦りと恐怖が蘇る。

自分を落ち着かせようと手を強く握り、少し息を深く吐いた。


───落ち着かなくちゃ…大丈夫……大丈夫……

《……こりゃ!いつまでぼーっとしてるのじゃ!早くついて来んか!!》

『ぇ、ついてって…どこへ?』

《ついて来ればわかる!》


女の子はいつの間にか目の前におり、急かすように腕を引っ張り今度は少し早く歩きだす。

少し足早に廊下をわたる。

キョロキョロと辺りを見渡すが、窓もなく、今はただ自分と小さな女の子の歩く音しか聞こえなかった。

ヒメノの心の中はもうすでに怖いという文字で埋め尽くされていた。







《ふむ、ついたぞ!》

『…凄く大きな扉だね』


少し誇らしげに胸を張り、大きな扉の前に立ちヒメノを見上げる。

ヒメノもその人懐こいとも思える笑顔に気を少し緩める。

女の子は一度深呼吸をし深く息を吸い込むと、

バンバンッ
《おばあちゃァァァァん!!!連れてきたァァァァァァァァ!!!》


───その小さい身体のどこからそんな声でるの!?と、驚くほどの声を発しながら扉を壊す勢いで叩き始めた。


『ちょ、ちょっと待っ…』

《うるさいわい!!!そんな大きな雑音たてんでも聞こえとる!!!!…神子だけ入って参れ》


女の子にも負けないくらい大きな声が扉の中から響き渡る。

それと同時にゆっくりと大きな扉は開き、まるで中へと誘うようにヒメノの背中を優しく押した。


《えへへっ!ごめんなさ〜い!!》


イタズラがバレた後のような少し照れた笑みを浮かべ、女の子は嬉しそうにどこかに走りだす。

まだよく理解出来ぬヒメノは言われるままに恐る恐る中へ。

ヒメノが中へ入ると扉はまたゆっくりと閉まってしまった。

───昨日みたいなことは…ないよね?などとビクビク下を向いたまま歩いていると、


「おはようございます、神子様〜」


少し聞き慣れた声が聞こえた。

その声にヒメノは驚くもすぐにその声の方へと顔を向けた。


「昨日はほんと疲れてたよね〜あんな意味不な野郎に追い回されて…なかなか気が効かない僕でごめんよ。ゆっくり休めた?」


優しい声と微笑みを向けながらマキはゆっくりヒメノの前までくると、頭を軽く撫でながら心配そうに問いかける。


「ん?神子様?だ、大丈夫なのか!?」


マキは全く返事を返さずに俯いてしまったヒメノに慌てて目線を合わせようとした、その時…


「神子っうわっと!!」

『マキ…さっ…ぅぅ……ヒック』

「…怖かったね。もう大丈夫、大丈夫だから、泣かないで」


身体を震わせ強く縋り付くようにマキに抱きつき涙を流す。

マキは何度も大丈夫と囁き、ゆっくりと背中を撫でてやり落ち着くのを待つ。

…それから、どれくらいの時間がたっただろう。


「…ん、もう大丈夫かな?」

『は、はい。…す、す、すみません!』

「あははっ!謝る必要なんてないよ怖くて当たり前なんだから、ね?」


また優しく頭を撫でられ、照れから火照る自身の頬を隠そうと手の甲で強めに涙を拭う。

そんなヒメノの姿をみて、マキは苦笑いを浮かべ、自身の服の袖で涙を拭いだす。


「あぁ〜ダメなのだ。そんな強くこすったりすると腫れちゃうから気をつけないと!」

『ずびっ…ぁ、ありがとうございます』

「いえいえ〜どういたしまして」


目を真っ赤に染め、鼻声ながらも落ち着きを取り戻し、照れながら俯く。

そんなヒメノに一瞬少しホッとした表情を浮かべると、くるりと後ろを振り返り、


「お待たせしました。神子様も少しは落ち着かれたようですよ〜」


軽くため息まじりに話しかける。


───え?誰に言ってるんだろう…

《うむ!ご苦労だったのう》

『…え?……えぇえぇぇ!!?今度はおばあさんが浮いてる』

「あはは〜…誰がみてもやっぱり驚いちゃうよね」


声のする前方に目を向けると、そこにはなぜか美しい池がありその真ん中には蓮の葉の上に浮かぶ老婆が。

驚きのあまりまた声を上げ、そんな素直なヒメノの反応にマキも苦笑いを浮かべた。


《えぇい!!やかましいわ!少しは静かにせんか!あと、おばあさんではない!!仙人じゃ!!》

『ヒッ!!』

「…太一君、また神子様が怖がりはじめちゃいましたよ」


いつものくせから怒鳴り声を上げた老婆ではなく、仙人の【太一君】にビクつくヒメノをみて、マキは手慣れたようにそれをなだめる。

そんな二人の姿を横目に大きくため息をつく太一君。


《はぁ、わかっておる。マキ、主は少し席を外せ》

「うーん…わかりました」

『えッ!?』


太一君の言葉に少し考えるそぶりをみせるもマキは首を二回ほど縦に振り、またくるりと後ろを向き大きな扉へと歩きだす。

ヒメノは驚き、無意識のうち縋るようにマキの腕を掴んでいた。


『い、行ってしまうのですかッ?』


まるで───独りにしないで、と必死にしがみ付いてくるヒメノに驚き、安心させようと目線をあわせるように少し屈み、顔を近づけ、自由なほうの手で頭を優しく撫で、


「大丈夫。最初に言ったように、ここでは何にも怖いことなんてないから。それに…万が一に何かあってもすぐにわかるから助けにでもなんでもくるよ」


ゆっくり腕を解き、軽く一礼し、広間から退室したのだった。


広間の中は先ほどとは違い、とても静まりかえっていた。


───なんでここはこんなに静かなんだろう…物音一つしない

《なかなか悩んでおるようじゃな〜。悩むこと考えることは大変良いことじゃぞ》


太一君は顔をほころばせる。


《ここはわしが作った特別な場所じゃからの〜。静かなのも当然じゃ》

『特別?…どうして特別な場所なんですか?それにこの世界は?私が居た世界と全く違っ』

《わかっておる!今から説明する!》


あまりの質問攻めに慌てて声を上げる。

ヒメノは今度はビクつかずに真意を聞こうと固唾を飲んだ。


そんなヒメノの姿勢に───ふむ…なかなか物分りがよいの〜、と満足そうに笑みを浮かべた。


《うぉっほん!まずは主のことから話すぞ。たしかに主の居た世界と今現在存在している世界とは全く違う。別世界じゃな》

『そ、そんなッ』

《これ、最後までちゃんと聞かんか!》


夢ではなく現実のことだとつきつけられ、呆然とし顔を青ざめるヒメノに太一君はまたため息まじりに声を上げた。


《主は応龍に選ばれた神子【陰陽の神子】じゃ。主がこの世界に飛ばされた理由は神子してこの世に救いの光を導いてほしいからじゃ》

『そんなの無理です!私が救うとか…そんなの…絶対出来ないッ…!もう家に帰してッ』


あまりにも唐突な太一君からの言葉の真意に泣きながら声を上げるヒメノに太一君は表情を曇らせる。


《お主が元いた世界に戻るには神子としての役目を終わらせ応龍を喚びださなければならん》

───帰れない…

《神子としての役目…それは人々を苦しめ、五行を穢す【妖魔-アヤカシ-】を封印することじゃ!》

───どうして…私なんかが……

《神子、》

───もう…嫌ッ…聞きたくない……助けてッ

ギギー
「ほんとこの扉開けるの大変なのだ〜。…あっ、太一君お話はもう終わりました?まだなら〜…うーん…やっぱり顔色も悪いですし、今日はお開きでよいのでは?」


ヒメノがゆっくり顔を上げるとマキの背中が見えた。

マキは足早にヒメノの前に立ち、太一君へ少し早口になりながら問いかけていた。


《はぁぁ…全く。まぁ良いわ。マキ、あとはお主が全て話すのだぞ》

「はーい、わかりました!…行こ?」


マキはヒメノの手を握るとまた軽く一礼し、足早に広間から退室した。

扉が閉まりきる瞬間…


《気が動転しとるとはいえ…なかなかに先が思いやられるの〜。今は…マキに任す他ないが…》


太一君は誰にも聞こえないくらいの声でポツリとつぶやいていた。



静まり返る中、二つの足音だけが響き渡る廊下。

ヒメノはただただ下をむき、力が抜けて座り込まないように震える足をなんとか動かしていた。

そんな彼女に気づいたマキは慌てて足を止め、


「あっ!ごめんなさい!大丈夫…じゃないですよね。うーん……よし!少し失礼ッ!」

『…ぇ?きゃッッ』


少し考えると軽々とヒメノを抱き上げる。

驚きのあまり首に抱きついてきたヒメノを気にすることなく、ただただ歩きだす。


───さっき…『助けて』って心の中で言った時……すぐに助けにきてくれた。あの時も…初めて会った時も助けてくれた。……偶然?…それとも……。

「…あ、あの〜…神子様?」

『は、はい!』

「頭の整理してるとこに申し訳ないのですが…神子様がさっきまで寝てた部屋までの道のりって……わかりますか?」

『ぇ…えッ!!?』

「…ですよね〜」


ところ変わってマキの自室へ。


「書物だらけのごちゃごちゃした僕なんかの部屋でごめんよ!神子様の休んでた部屋教えてもらえなくって」

『いえ!あ、あのありがとうございっ』

「ほらほら起き上がらないでくださいよ〜っと」


起き上がろうとする身体を優しく押し、マキは少しため息をつく。


『…マキさん?』

「…助けにいくのが遅れてごめんなさい。でもこの世…現実で起きている真実を知っていてほしくて…」

───違うッ!

「君にはこれから神子としての使命を果たしていく中で…辛いことや苦しいこと、怖いことなんかもあると思う…でも絶対独りにはならないから…僕達【守護者】が君を支え護りぬくからね」

───そんな顔させたいわけじゃないのにッ

「…泣かせてばかりで、ごめんなさい…ヒメノちゃん」

───「神子様」ではなく、名前を呼んでくれた…


ヒメノは堰を切ったように声を上げ泣きはじめるのだった。




【神子、太一君より今真を知り、立ち尽くす。そんな神子にマキ、ただただ優しく壊れぬように頭を撫で、自身の瞳に決意を宿す。未来の路、見えず。しかし、明日への路、照らされ始めようとしていた。】


第三章ー完ー

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