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□何度でも君と 2
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『一度聞いて頂いて、ご指導いただきたいのですが』
下から睨むように目を合わせると、デモをチラッと見て、舌打ちを盛大にした。
『なんパターン作った?』
『さ、3ですが…』
『あと7つ作れよ』
7つと言えばなかなか一晩では難しい。
しかし、ここで帰ってしまえばもう、仕事が出来ないかもしれないし、会社に入った仕事、社長に迷惑がかかる。
『分かりました…作ってきます…』
『家に帰らないで、ここで今日中に作れよ、隣の部屋に機材あるから』
ディレクターは右端の口元嫌らしく曲げて笑って言う。
楽しくてたまらないのだろうか。
私の持参したデモCDをヒラヒラと顔の前で振って、じゃあと席を立っていく。
『分かりました…今夜中に作って、お持ちします』
うしろ姿に向かって精一杯声をかけるけど、最後の言葉を言い終わる頃には部屋には居なくなってしまっていた。
『なんとか…できるよね?』
これから仕上がるまでの長い長い時間を思うと、ウンザリだった。
気まぐれに一生懸命付き合うのも、なんだかむなしい。
あのプロデューサーもきっと今まで色々な経験をしてきたのだろうか…
重い重い体を引きずるように、隣のスタジオに入った。
あれから10時間近くが経とうとしている。
9時になって、もういい加減帰ってしまおうとおもったけれど、自分がやると言った以上、12時までになんとか7本作るぞと少し意地になっていたのかもしれない。
なんとか、5本作って、メロディを保存ボタンを押した所で突然電源が落ちた。
『あっっ…』
保存されているだろうか…
ガチャッ!ガチャッ!
慌てて部屋から出ようとした。
でも重い扉の取手は全く動こうとしない。
閉じ込められた様で、それに加えて電源も切られている。
閉鎖的なスタジオにはもちろん防音が効いているので、こちらの音も届かない。
助けはこない。
急に襲ってくる恐怖に扉に背中を着けててズルズルとへたりこんだ。
幼稚園の頃に何度も音楽室に閉じ込められた。
誰も助けにこない。
唯一電気だけは付いたけど、静かな孤独な部屋の中で同じ楽譜を何度も何度も見て練習する。
練習してちゃんと出来ると、音だけは私を誉めてくれた。
音楽室の中で、反響するバイオリンの音が前から、上から私の頭を撫でるような感覚が私を不安にさせなかった。
何度も言われる、継母からの汚い言葉の罵倒も、義理の兄や姉からの嫌がらせも何もかも、どうでもいいことに思えてきた。
でも、ここには私を守ってくれる音かない。
外から電源を遮断されて、無音になった部屋はキーンと耳鳴りがするようだ。
部屋の室温が上がって、汗が出てきた。
10時…11時…
朝、人が来るまであと8時間くらいだろうか…
喉が乾いてひゅうと音がなるような気がする。
ここに来る前にコーヒーを飲んだきりだった事をすごく後悔する。
座って居るのもキツくて、部屋のすみに横になると丸くなって、手足を抱きしめて呼吸を落ち着ける。
はぁ…はぁ…はぁ…
パチンッッ
部屋の電気の電源が一気にはいった。
ガチャガチャッッ。
ガチャンッ。キー
重い扉がゆっくり開いて、外の涼しい風が密封した部屋に流れ込んできた。
『うぁっ!てか、何?』
明るいメッシュが入った髪。
細身の黒いパンツに、アシンメトリーな形のシャツ。
今まであまり見たことのないような雰囲気の男声が入って来て、もう上半身を起き上がらせる事も出来ない私を起こしてくれた。
『はぁ…スタジオに…と、閉じ込めら…』
『ちょッ、しもんぬッッ!水買ってきて水!』
『は、はいっっ』
バタバタと駆け出すもう一人の男性と、私を支えてくれる男性の温度。
それを感じながら朦朧としていた私はついに意識を手放してしまった。