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□何度でも君と 19
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side kishow

あっと…
えぇーーと何から話したら。

あまりにも静かな部屋に二人きり。
こんなシチュエーションなんか、百戦錬磨の俺が、ビビるなんてありえないんだけど、なんか無理。

洋子さんから(逢い引きなら他でやんなさい)と追い出されるように店を出て、なんとなく家に連れてきて…
後悔。

『あの…谷山さん…』

『は、はい…じゃなくて、なに?』

余裕な俺はどこいったぁぁ!

『こういう事はちゃんと言わないとダメだと思って…』

きたぁぁぁぁ!
愛の告白。

『な、何?』

余裕。
俺は余裕の男だ!声優界の異端児!エロスの申し子谷山紀章!
余裕で受け流す。
流しちゃあかんやんっっ!

『あの…あのとき…置いていくようなマネをして、本当にすみませんでした…』

『へっ…』

『え…?』

『あっ……あぁ』

動揺しすぎ俺。
俺…なんか…ダメダメじゃん…

『ねぇ…もう体大丈夫?』

『……』

小さくコクンと頷いた。

『眼鏡やめたの?コンタクト?』

『えっと…もともと視力は悪くないんです』

『だから俺が割っても困らなかったのね…』

お互いに向かいあって正座して、なんか笑える光景で。

紫との会話もぎこちなくて、変な感じ。

『すみません…』

『なにが?』

『挨拶に来るのが遅くなってしまって』

『別に…』

メチャクチャムカついてたけど。
『バタバタしてたんだろ?家の事とか』

一番最後に来たけど。

『いえ…あっいや、そうなんですけど、それだけじゃなくて、なんか、谷山さんにどんな顔で会えばいいか…』

『へぇ。そんな理由で俺を待たせた訳ね?』

『あの…すみません』

小さくうつむく姿が、しおらしくて、また苛めスイッチはいりそう。

『おまえさぁ。その谷山さんってのはいつになったらなくなんの?』

『でも、谷山さんは…』

『ほらまた!じゃーね、きーくんって可愛らしくいってみ?』

また、目元を真っ赤にさせて口をぱくぱくさせてる。

『き、き……き…』

『おい!噛みすぎっっ』

『やっぱり、谷山さんは私よりかなり年上ですから、そんな呼び方…』

『てめっ!さりげにオヤジって言いたいの?』

軽く傷つくんですけど!?

『いえ!そういうつもりは…すみません』

『はぁ…もういいよ、紀章さんでいい…お前に求めたのが間違いだった…』

なーんかこいつと話すとタイミングが狂う。
てか今思ったんだけど、眼鏡外したらすげーいい感じじゃね?

俺的にはもうちょい化粧したのが好きなんだけどね。
目元をしっかりと…

前もしてなかったんだけど、全然気づかなかった。
それどころじゃなかったし。

あれだ。
優等生が眼鏡外したら実は美人だったみたいな。
ベタねぇ。

『私…もともとお母さんしかいないと思ってたんです。お父さんは亡くなったって聞いていたものですから…』
『桐生慧?』

『えぇ』

単刀直入だねぇ。
せっかくいいムード。
まぁ…いっか。

『で?』

『母はピアニストなんですが、私を産む時に辞めて、九州の方に引っ越したんです』

『それで?』

『えっと、五才、ちょうど幼稚園の年中さんに上がった時に急に倒れたんです…悪性リンパ腫。癌ですね…母は分かっていたそうなんですが、治療費の事を考えたら治療できなかったそうです』

『そんな厳しかったの?』

『えぇ…母もパートはしていたんですが、やはり、子供をひとりで育てるのは予想以上に大変だったみたいです』

思い出すように、そして、またどこか他人事の様に言うのはやはり、昔のことだからか?

『貯金も底をつき、パートのお金だけでは、すごく苦しくて、でも私のピアノのレッスンと、教育、のお金は全く惜しまなくて、私も気づく事はありませんでした、その結果、母は本当にあっさりと亡くなってしまいました』

『それで桐生慧は?』

なんでもっと早く助けてくれなかったんだろう…

そんなに精一杯の生活してるなら、なんでもっと早く側にいることができなかったんだろう。

『私もはじめは父が生きているなら、なんで早く母を助けてあげなかったのか、そう思って父に反感を持ってたのですが、母が拒んでいたみたいですね…父には何も言ってなかったようですけど、父は色々調べたみたいです、私の事。子供も父の子じゃないって言ってたようです。』

『やっぱ力ある人のすることってすごいよね?』

少し目を細めて、力無く笑った。

『私はまだ幼稚園児だったので、施設に預けられるんだったようですが、父が私を引き取ったんです。自分の娘として…ちゃんと認知もしてもらってます…しかし…』

『元々の家族は優しくしてくれるハズはないよね?』

『はい…当たり前ではありますけどね。でも幼い私は、何のためにあんな大きな家に連れてこられたか理解ができないし、知らないおじさんをお父さんとも思えない…毎日毎日習い事をすることだけが私の役割なんだと思うようになりました』

『習い事?』

『そうですねぇ。ピアノ、バイオリン、フルート、琴、声楽などですね…これだけは父が私にするように言われていました。それ以外は誰とも話しません。私は透明人間の様な存在ですね』

透明人間…
意味わかんねぇ。
『それも長くは続きません…することのない私は音楽しかないので、思いの外上達してしまいます…ピアノとバイオリンは大きな賞をとりました。そのせいで継母と義理の兄達の嫌がらせが始まりました』

『透明人間の方がマシだった?』

『そうですね…音楽は自由にできますから』

『そんなに酷かったの?』

話が進む程に表情と色が無くなっていく紫の顔を直視することが出来なくて、少し目線を反らした。

『まぁ、イジメとかでされる事は大体されましたかね…それに加えて、コンクールのドレスが無いとか、バイオリンの弦を切られるとか…流石に階段からは突き落とされて、骨折をしたときにははじめて父が母に声を荒げましたけど、それ以外は特に何も言いません』

『でもなんでそれなら紫を引き取ったんだろうな?』

『私も未だに理解できなかったんですけど、私を引き取ることで継母と揉めたそうです。まぁ、普通の家庭では奥さんと子供がいる父親が、女性と関係をもっただけでも、離婚に値するハズなのに、子供までいて、しかも引き取るなんてことありえませんよね?』

淡々と語られる言葉には確かに現実感がない。

『まぁ、俺は結婚してないからわかんないけど、普通はそうだろな』

『おそらく継母は父の事を愛していたんでしょうね…そして本当かどうかは判りませんが、父は母の事忘れられなかった…多分母も。同じだと思います』

『忘れられないって?』

『これは最近知ったのですが、母の学生時代の家庭教師だったそうです、それに恋人でした』

『はぁ…なんか難しいなぁ』

こんなややこしい事。

『継母は母が誘惑したと思ってました、そう思い込んでいたと言うのが正しいかもしれませんが、私もそういう事をした、母のせいで、私がこんな目にあうとも思ってました』

『じゃあお母さんが嫌いだった?』

その言葉で紫の言葉が止まる。

『そうですね…』

恨んでいたのか?

『生きていた頃はそんな事思いもしませんでしたし、本当に優しい母でした。でも母のしたことのせいで、桐生の家で過ごすことになった、15年程の時間はみんなが当たり前に感じる事を全くしたことがありませんでした。色々な感情もあまり持つこともありませんでしたね』

『当たり前の事って?』

『えっ…』

ちょっと言葉に迷うように目を伏せてから、小さな声で言う。

『例えば、誕生日を祝ってもらうことも、クリスマスパーティーをしたり、それに…プレゼントを貰う事も…たに…紀章さんがはじめてでした』

『あ、あぁ…』

なんでかこっちまで恥ずかしい。

『結局友達などもいませんでしたし。継母は私の事を見る度に母を思い出すようで…いつも…』

瞼がフルフル震える。
今までの話で一番思い出したくない話?

『もう…いいよ…』

『大丈夫です。お前の顔は…男を誘惑する顔だから、母親と同じ顔をしてる。母親と一緒に死ねばよかったのに…と』

『はぁ?』

『でも仕方ないんでしょうね。私の顔が愛する人と、見知らぬ女の面影が残っているんでしょうから、それに亡くなった人にはどんなに頑張っても敵わないでしょうから』

『まぁ…辛いっちゃ辛いだろうけど』
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