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□何度でも君と 7
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side 紫
朝ご飯、結構な量作ったのだけど、二人とも平らげてくれて、流石に納豆におにぎり作るって言ったら下野さんが反対して、白ご飯になった。
あぁ全部食べたなぁ、下野さん魚嫌いなんだなぁ、大勢で食べると美味しいなとか考えてて、器を洗って振り向いた時既に二人とも寝息をたてている。
谷山さんはベッドに、下野さんはベッドにのっかかるように寝てて、寒いだろうなって思ったけど毛布も一枚しかないから、膝掛けと、タオルケットをかけておく。
コーヒーを入れて、少し一息。
事務所に行くまではまだ時間が少しある。
どーしようかなぁ。
お昼用意しておこうかな。
おにぎり、中身はたしか梅干し嫌いだったんだよね。
ほんとにシンプルなおにぎりを何個か作って、お味噌汁のお椀を二つだして、夜のも含めて要り豆腐作って…
少しうしろをチラリ…
二人とも仕事ないのかな…
置き手紙を置いて部屋を出る。
そうっと鍵をかけて、ふぅっと息をつく。
昨夜の寒さのせいで、少しからだが冷えたようで、ブルっと身震いをする。
『紫ちゃーーん!』
事務所の扉を開けると、待ちかねたように社長が走ってくる。
『どうかしましたか??』
私の両手をつかんでブルんブルン振ると、両方の肩をつかんでうんうんっと頷く。
『で…どうしたんですか?』
『仕事の依頼が朝からどんどん来てる。しかも紫ちゃん指名で、なんか軽い作曲やら、伴奏まで頼まれてて…どれを受けるかもう、僕の手に負えないくらい!!』
『えぇ!?』
訳がわからないまま机に連れていかれ、ファックスの用紙に目を通す。
チョコレートのCMの15秒分のBGM
アニメ舞台化のオープニングの作曲(詞ができしだい)
百貨店でのキャラクターショーのテーマソング
野外クリスマスイベントでの際の伴奏(1日2回1週間公演)
宮野真守CDアルバム
えっと…
この宮野真守CD…アルバムというのは…?
ペラペラとめくっていくと、これは何?と言うようなものまである。
『なにか…私の仕事ではないようなものまでありますが…これはどういうことですか?』
社長も頭をガシガシと書きながらどうしようかねぇ。とファックスをめくる。
『なんか、宮野真守君のお勧めだとか、昨日のライブの打ち上げ?それで君の演奏を聞いたとか、そんなのばっかりで、あっ因みにCDアルバムってのは次回のアルバムにピアノバージョンを作りたい曲があるから、それをアレンジして、伴奏してほしいって、宮野君から直接連絡あったから』
『直接ですか??』
そうそうと軽く相槌をうちながら、また書類に目を通す。
『これでも何件かは断ったんだよ、政治家の先生のホテルでの会食の演奏だとか、映画の撮影のタレントさんの手元の代役まで来てて…』
『…ご迷惑かけて申し訳ありません…』
小さく謝って頭を下げる。
『なに言ってるの!!迷惑ところか、うちの会社を背負ってくれる勢いでがんばってもらわなきゃ困るからね。今がチャンスなんだから、しっかり働いてもらうよ。』
『え…えっとこれ受けるんですか?』
『もちろん』
『でも…これ…』
『うちは音を売ってるの、音のつくものはどんなモノでも受ける!しかも君指名なんだから、他の人はできない』
そうですけど…
『君がこの仕事で生活していくのなら、人脈、実績はあるに越したことはない。欲しいと思ってくるものではないからね。あと楽器店でのバイトはしばらく辞めて、当分はこれだけでお願いね』
『はい…分かりました』
カレンダーにビッシリ仕事のスケジュールが書いてある…
作るだけでなく演奏までする羽目になるなんて。
ちょっとスケジュールを見て、喜んでいいのやら…困っていいのやら…
『なんか…人気タレント並みだよねぇ…でも、できる限りうちの受付がスケジュール管理するから、僕もみておくし、やれるところまででいきからやってみてよ、ねっ?』
わたしの肩をポンポンと叩いて、席を立つ。
これはまさか、宮野さんの改めてお礼のお礼!?
『あっそれとこれ…もういい加減に携帯持って貰わないと困るから、僕の番号、会社の番号は入れてあるし』
電話会社の紙袋を目の前に出され、中を渡される。
真っ白なスマートフォン。
『でも…自分で買いますよ?』
『気にしなくていいから、持っていきなさい。君が捕まらなかったら会社が困る。だからいいよ、但し毎日持ち歩くこと!』
『あ、はい…ありがとうございます』
今まで携帯も持たなかったのにスマホなんて使えるのだろうか…
それにそろそろ携帯がないと不便だなとは思っていたところだけど、会社から出してもらうなんて申し訳ない。
『じゃ、今からここに行って打ち合わせね、それから、夕方には来月にするのコンサートの打ち合わせしてきてくれる?』
『私が行くんですよね…』
『もちろん!』
行ってきます…小さく言って書かれてある会社に出発する。
人見知り、そもそも人と話をしたくないのだ、初めての人と話すと、緊張して、質問されたことを忘れてしまう。
憂鬱…
『ゴホンゴホンッッ、風邪かな…』
けど、いつまでもそのままでは一人て暮らしてはいけない。
せっかく宮野さんが色々紹介して下さったんだから、今踏ん張らないとね。
できるだけ…頑張る…うん。
10時過ぎ…
結局こんな時間になってしまった。
永遠とも思える細かい打ち合わせ…大きな仕事になるとこんなに長い時間かけるのね…
重い足を引きずりながら、今日から少し取りかからないと間に合わないし、あった注文を忘れてしまっても大変だし、なんて考えながらエレベーターのボタンを押す。
でもとりあえずお風呂にはいってベッドに、横になりたい…
早く部屋に入り…
ガチャ…開いてる…?
鍵かけて帰ってくださいって書いてたんだけど…
そーっと扉をあけようとゆっくり覗いこうとしたら、扉が大きくあいた。
『きゃっっ』
『おかえり〜お疲れ様!』
満面の笑みで私を出迎えてくれる。
な、な、なんで?
『谷山さん?えっと…何故まだ家に?』
ポリポリ…
『起きたのが二時間前くらいで…そんでここなんか落ち着いちゃって、気を逸らすものがないから、んで詩とか書いてて…』
『えっとそれで…下野さんは?』
とりあえず靴を脱いで部屋にあがってデスクの椅子に鞄を置くと、ペタンと床に座った。
本当に疲れた…
床が冷たくて気持ちいい
『なんか電話したらねぇ、ラジオがあるから、先に帰ったみたいね…俺もそろそ……ねぇ?なんでそんなに顔赤いの?』
家に帰ったらなんか一気に気が抜けちゃって、顔が火照ってきたみたい。
『えっ?なんか外冷えてたので…部屋にはいったら顔火照ってしまって…』
『熱あるでしょ?』
そー言えばなんかダルいような…
咳も出てたしなぁ。
でも谷山さんが気にしちゃったらいけないし…仕事もしないといけないし。
谷山さんの綺麗な指がにゅっと伸びて私の顔に伸びてくる。
『やっ』
ビックリして顔を背けるとチッと舌打ちが聞こえて、明らかに不機嫌な表情を浮かべる。
怒った?
そのままテーブルに並んでいた、財布や携帯などをポケットに突っ込むと部屋を出ていった。
明日謝らないと、でも携帯番号知らないなぁ…
風邪うつされたら、谷山さん仕事出来なくなってしまうもんね。
急に一人きりになった部屋は今まで思ったことがないほどに静かに感じる。
あ…もう無理かも。
体が熱い…ダルい。
今日はもうこのまま、寝てしまおうか。
でも…これを。
最後の力を振り絞って鞄から書類を取り出して、シンセサイザーの電源を入れる。
えっと…これを明日までには…
あれ?
電源…えっとこのボタン…
ん……ん…
ん…無理…
『はい、これ飲んで…』
ん…薬…?
『次これ……よし…お利口さん』
飲み下すとビタミン剤のような鼻にくる匂い、甘み。
『おいしく…な…』
『ん…いい子だね』
どんなに力を入れても開かない、熱い…眠い。
『文句言わないの…水分とって、それからこれ貼って…ってすげー汗』
額を冷たいタオルで拭われると、気持ち良くてまた眠くなる。
この声谷山さんかな…でも風邪ひいたら、大変
『たに……や……』
睡魔に負けて全然声が出ない。
『もういいから寝なよ。昨日はありがと、そんでごめんね、早く良くなって』
もうそれ以上は私に記憶がないけど、朝まで全く目を覚まさなかった。
テーブルの上には袋一杯のレトルト食料と水分、栄養ドリンク、薬が大量に置いてあって、訳が分からず。
暫く谷山さんの事は思い出せなくて…サンタクロースか小人のプレゼントみたいでちょっと笑った。