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□何度でも君と 4
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side kishow 

俺が桐生を放置してから、いろんな関係者にいい加減飲まされて、なかなかいい気分になっていた。 

『紀章さーん、もうっこっちに来てくださいよぉー。今日頑張ったの僕でしょーー』 

マモちゃんが周りをお酒片手に二階に向かって叫ぶ声が聞こえる。 

手をひらひら振ると、二階の階段から、身を乗り出して下を確認する。 

おっとそうそう、桐生は… 

……… 

帰ったのかなぁって少し見回すと…ん!? 
なーにやってんだ?? 

桐生は丁寧にビュッフェ形式の食べ物を取り分けて客に手渡す。 
スタッフとの会話にも短く答えて、自分の仕事に没頭する。 

ちょっと面白くなってイタズラ心に火がついた俺はスタスタと階段を降りて、客に混じって列に並んだ。 

『キャビアのクラッカー、クラッカー抜きと、トリフのパスタ、あとカレーね』 

まぁどれもここには無いんだけど… 

『はい…ッッ!?』 

ガシャンガシャンッッ 

あーあやっちゃった。 

『すみません…』 

無いのと俺の顔をみたダブルパンチで豪快に持っていたお皿を落とす桐生を見て、吹き出した。 

『あぁ…申し訳ありません。』 

お店のスタッフが飛んできて、お皿を広い上げる。 

『あ…お皿弁償しますから…』 

スタッフはいえいえ、大丈夫ですよと手早く片付けにも無かったようにひけあげる。 

『なーにやってんの?自分ほんと俺みたら怖がるのな…』 

真っ赤な顔をして、うつむく。 

『そ、そういわけでは…えっとこういう場所ににはじめて来たので、どうしたらいいか分からなくて…さっき男性の方にお皿を渡されて、それから…どんどん人が集まってしまって…』 
はぁーー 
店の店員に間違われた訳ね… 
まぁこのカッコならねぇ。 

『んなことしなくていいから、あっちでのんだら?』 

若干ため息まじりにそういうと、ブルンブルンと手を振って体全体で拒否している。 

『ほら、もーいっからこっちおいで』 

『きーしょーさーーーん!!まだぁ??』 

はいはーいと可愛く答えたら、腕をつかんでマモちゃんの側まで連れていく。 

『おーまーたせーっっ』 

『もー遅いー』 

雪崩れ込むようにマモちゃんが腕に頭を寄せたので、よしよしってしてやる。 
可愛いやつめっっ。 
チラッと立ち尽くす桐生を見ると、隣の席をトントンっと叩いて促すと今度は大人しく隣に座った。 

『ねぇーなんか静かじゃね?』 

普段はBGMがかかったり、ピアノやウッドベースが生演奏してるのに、今日はやけに閑散としてる。 

『んー?なになに紀章さんなんか唄ってくれます?』 

吹き出しながらマモちゃんが言う。 

『そじゃーねーしッッ』 

んもーじゃあってマモちゃんがフロアの真ん中にあるグランドピアノを指差す。 

『じゃあ、じゃーあ、なんか弾きます?』 

ふざけて俺に言うから。 

『しゃーねーな。この俺にピアノを弾かせるたーてめぇッッ!覚悟しとけよ』 

真ん中にあるピアノに向かって、蓋をあけて、赤い布!?を剥がしてバサッと投げる。 

椅子に座って、ペダルに足をかけると流石に周りがざわついて、マモちゃんもグラス片手に近寄ってきた。 

首を一捻り、両肩を一度竦めて力をぬくと、みんなが一斉に息を飲むのが分かる。 

手を定位置にセットして… 
一気に… 


おなじみの… 

『っておーいっっ!ネコふんじゃったかーいっっ!よくこの流れで弾けたな!!』 

マモちゃんのいい突っ込みで爆笑を誘う。 

『んなもん弾けるかーい!』 

赤い布を投げつけて、マモちゃんとマジで弾けるかと思ったっとかふざけながらまた、ビールを煽る。 

周りがまたザワザワと話し出して、俺らも席にもどって、つまみとか食べてると。 
スタッフが近寄ってきて、桐生に耳打ちをしているのを目撃。 


また真っ赤な顔して、頭を振る桐生になになに?って聞くけどなんも言わないし。 
何かあるな… 
今度はスタッフになんなの?って聞いたら、桐生と目を合わすと、桐生がまたフルフルと頭を振るから、ちょっとムッとする。 

『俺そんなんきらーーい』 

ちょっとふんってすると、マモちゃんが、あーあー紀章さんに怒らせちゃうーってビールをついでくれる。 

『あ、あのー桐生さんに何か弾いてもらってはと…』 

ん? 
怒らせてはなるまいと思ったスタッフが控え目に口をひらく。 

『えーなんなの??そんなん出来んの?』 

素直に言ったスタッフにちょっと気を良くして、桐生に言うと、慌てて首を振る。 
てか何者なのよ? 

ちょっと面白い事になりそうな予感。 


『んじゃあなんでもいいや、弾いてみてよ』 

ほぼ決定な形で、言うとほいほいって立たせる。 

『で、でも私…いや…何を弾いたら…』 

『なんでもいいよ』 

片手でシッシッてしてもまだ、俺にすがり付くようにピアノに行かない。 
ちょっとイラっとして見せる。 

『え、え、ではクラシッ』 

『却下ッッ!クラシックはなしッッ!俺全くわかんねーしッッ!』 

マモちゃんはキャキャと笑ってる。 
こいつは天然なのか?? 

『ジャズ…?』 

『んーーーー微妙』 

もう、思考回路限界なようで、フラフラとピアノに向かって歩く姿がなかなか笑える。 

面白がってマモちゃんと、ピアノにはワインかウイスキーとか言って、ワイングラスを持ってグランドピアノに肘を置いてワインを揺すってみた。 

『そ、そんな感じッッ!』 
まだふざけて、ちょっとダンディーっぽく振る舞う。 
やいのやいの周りが囃すのが面白い。 

そんな中、一呼吸置いて、肘を置いてた所から振動が来ると、一瞬落としそうになった。 
どーんと低い音が来て、ジャズ特有のテンポ。 
でも誰もがしってるメロディーだけど、お洒落な感じ。 

思わずみんながピアノに集中する。 
実際俺も驚いた。 
どー見ても、どんくさそうな、天然で、正直取り柄すら無さそうな女が、ピアノの前では全然違うくて。 
指なんか見なくても、頭の中の楽譜がそのまま直通してるんじゃないかって位、正確に鍵盤を叩く。 

反対から反対までの距離が行ったり来たりしている指すら綺麗に見えて、さっきまで全然美人とも思えなかった顔も、うっすら伏せた目も、なんとも妖艶に見えるから不思議だ。 

マモちゃんもさっきまでのおちゃらけも言わず目を見張ると、首を捻った。 

結構長い曲だけど、見てて飽きないから、時間はあっと言うまで、きづいたら桐生の手から鍵盤が離れてて、みんなため息しか出てないまま、また静かになった。 

『あの…えっ…と…』 

いつもの顔に戻った桐生が周りを見回して、またおどおどしてるから、みんな一気に時間が戻ったようにざわついて拍手をしている。 

『すみません…あんまり流行りとか知らないもので…空気悪くしてしまいました…?』 

『いやぁーいい!いいねぇ。BGMにするのもったいないなぁ』 

マモちゃんが上機嫌に誉めてるから、もっとなんかさせてやろーって気になってきて。 

『なんか唄えるやつできない?』 

『おっそれいいっ!』 

顔色がコロコロ変わって、一人で百面相してるのが、楽しくて、もっと苛めてやろって思わせる。 

『オルフェ!さっきマモちゃんの聞けなかったし、オルフェ!出来る?ファンなんでしょ?』 


『ちょっ紀章さん??聞いてなかったって何?聞いてなかったの?』 

いーからいーから。 

できませんってのを期待したけど、少し考えて、指を鍵盤に当てて、音を探してる。 
これで何か分かるのかは俺には不明だけど、期待半分、できないって言わせたいの半分で、ちょっとニヤつく。 

『…ん…はいっ、したことがないので、スローになっちゃうかもしれませんが…』 


すうっと息を飲み込んで、弾きはじめるとやっぱりオルフェだ。 
何回もオープニングで聴くやつだし、間違えようもない。 

『この胸に刻まれた…』 

スローテンポどころか段々リズムに乗ってきて、いつもの早さになると、マモちゃんも結構本気で歌い出す。 

ちょっと予想外で、マモちゃんも楽しそうで、流石に羨ましい。 
サビからは益々声出てるし。 

歌い終わる頃にはディナーショーみたいになって、二階にいた客もピアノ周りに集まって来ている。 

俺も歌いたかったなぁ…なんて。 
伴奏が最後の音を出すと、嬉しそうにこっち見るから、少しまた不機嫌になった。 

『あ、あの…ダメでした?』 

顔にでてたね… 
いや、俺に聞かなくても周りみたら、分かるっしょ? 
こんなん盛り上がってるのに。 

『んー、他なんかできない?俺も歌いたいんだけど…』 

『へ…えーと何を?』 

何をと言われれば困る俺… 
乗ってくるとは思わずに考えてなかった。 

『うたプリの曲ならなんとなく…』 

『へー出来るの?じゃあ…オリオンでshot out…とか?』 

うたプリ分かってんのね。 
いちおマモちゃんファンだから聞いてるかぁ。 
俺のとこ早送りしてたりしてッッ! 

『出来ることは出来ると思いますが…』 

『が…なに?』 

『ピアノだけの伴奏だと歌いにくいと思いますよ…』 

んー。 
この盛り上がった気持ちのやり場をどーしてくれよう。 

『谷山さん…もし良かったら…GRANRODEOさんの曲でもいいですか?』 

知ってんじゃねーか!! 
俺の事じゅーぶん知ってんじゃねーか!! 
GRANRODEOにさんつけるとこが、らしーちゃらしーけど。 
『で?何を出来るの?』 

自身なさげに打診した顔が、急に明るくなって、恋音ではと控え目に言った。 

『紀章さんずるいっすよぉ。GRANRODEOの唄とか、またいいカッコしてぇ』 

お前充分かっこつけでしょ? 
心の中で思って咳払いして、ワインを一口飲んだ。 

聞き慣れた前奏でもギターとピアノでは全然違う。 
頭の中で、ピアノの雰囲気に合う音を探して、一呼吸吸い込んでから、音に声を乗せる。 

気持ちいいくらい声に合わせる伴奏と、リズムをとる桐生の体の動きに、どっちが合わせてるのか分からないくらいのフィット感。 

周りの会話をため息にしてやろーと思うくらい、声を響かせる。 

テンポを掴んだ桐生も俺の動きをしっかり見ながら、音を絡ませてくる。 

歌い終わると、なんか、e-zukaさんが作った曲が、桐生が作ったんじゃないかと思うくらいで、間奏部分とかちょっとアレンジしてあっても全く戸惑わなかった。 

『んもうッッ!ちょっとなんなのーー?僕の打ち上げなんですけどっっ??』 

マモちゃんが憎まれ口言っても全然平気。 
桐生が涙目でこっちを見るから、今日一優しい俺で頭をポンポン叩いてやると、号泣して、周りにひど怒られる。 
ちょっと俺も感動するし。 

『いや、良かったよ、マジで…』 

それ以上はもう歌う気も失せて、てかこのまま気持ちいい余韻で、お酒を飲みたい。 
早く飲みたい。 
マモちゃんには悪いけど、ライブの後のような達成感で、あんまり話さずにお酒を飲んだ。

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