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□何度でも君と 3
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side 紫
『ほんとにあんたは、あの女にそっくりなのよね!』
『死ねばいいのにッッ!』
『あんたは産まれながらにして男と惑わす娼婦だわ!』
『この恥知らずッッ!』
継母の冷たい目、義兄の嫉妬、そして誰も私を見えないものとして扱う。
家に帰るのが辛かった。
無償の愛情っていう感覚とはどんなものなのか…
そんな事を毎日考えていた。
『……ちゃん…』
何?
私を名前で呼んでる?
『紫ちゃん?』
うすぼんやりとした中で、多田さんと、先生が私をのぞき混んでいる。
あぁ、出られたんだ。
病室らしき部屋の仕切りにある時計を見ると、もう3時を過ぎていた…
間に合わなかったのか…
からだのダルさと頭痛の中、やりきれなかった悔しさで目がうるうるとしてくる。
『社長…すみません。私、今日までに10本作るって約束したのに…私…』
ポロリと涙が出てきた。
『なにを言ってるの!そんな事どーも思ってないよ。そんな無理して』
社長がタオルで目元を拭った。
『紫ちゃん、無理なら帰っておいでっていったでしょ?』
そうだなって思う、意地になってみんなに迷惑かけて、ほんと馬鹿だなとも。
『下野君と谷山君が見つけてくれたから良かったものの…ここまでタクシーで運んできてくれたんだよ』
『そうですか…あまり覚えてなくて…』
『すぐディレクターに電話したら、もう諦めて帰ったと思って、中も確かめずに帰ったそうだよ』
あんなに頑張って作ったのに、結局何も認めてもらえなかった喪失感でまた涙が零れた。
『そうですか…じゃああの仕事はもうないんですね』
私じゃ役に立たなかった…
目を閉じて布団を握りしめる。
『僕が電話していた時に谷山君がくだらないことすんじゃねぇ!って怒っててね…』
『はぁ…』
『彼自身は飲みに行けなくなってイラついてたんだろうけどね。それにディレクターにはもう1つ弱味があるんだよ』
少し得意気に笑う。
『彼は桐生慧の大学の後輩で、昔から、名前を聞くだけでビビりあがる位恐れてるんだよ』
桐生慧…そんなに怖い人だったのだろうか。
『普通は名前見れば気づくだろうに、あの人ちょっとあれだから…あっでも君のお父さんが苛めたとかじゃないからね。教育的指導ってやつ??』
教育的指導?
どんな人でも今更構わないけど、とりあえず仕事は大丈夫なのだろうか。
『だから、もしあの人があんまりな事言うようだったら、桐生慧の娘だ!って言うつもりだったんだけど、その前に彼もちょっと遊びが過ぎたね…』
『すみません…』
もう、謝ることしか出来ない私を、社長がポンポンと叩いた。
『もういいから。それに君が作った最初の3本で進めてくれていいそうだよ。かなり彼も反省したんじゃない?』
それでも、私の力じゃない。
桐生慧の力だ。
やはり偉大な父はずっと私にいつまでたってものし掛かる。
『親の七光りって思ってる?』
『えっ?』
思った事を言い当てられて、息をのんだ。
『いくら親が世界的に有名だって、実力ない人には目も当ててくれない、厳しい世界だよ。ただ、名前はあるには越したことがない…実力があっても見ても貰えない人が大勢いるよね?僕たちには君と桐生慧の親子関係がどんなものかは分からないけど、でもその名前は君に残してくれた貴重な切り札と思ったらいいんじゃないかな?』
いままでどんな嫉妬も人間の汚い所を見てきて、疎ましさしかないこの桐生と言う名前も、社長の言葉で、少し軽いモノに思えた。
『で?これからも続けてくれるよね?いちお、
うちの期待の新人さんなんだけどね…』
冗談混じりになじるように言うと、私に持ってきた雑誌をマイクの様に私の顔の前に持ってくる。
『これからもよろしくおねがい…します?』
『よーし、で、体がしんどいところ悪いんだけど、今度うたプリ、ほらこの前ラジオのジングル作ったやつ?のライブあるんだよね、そのライブの仕事頼まれたんだけど?戦力なんでよろしくね!』
こんな私を必用としてくれる
それなら、答えは
『お願いします』
そう言うと社長は満足げにうんとだけ言った。
うたの☆プリンスさま♪通称うたぷり!?
前回でかなり勉強は出来てる。
意気込んで作っただけに出来映えは上々。
本番は何かあったときの為と、確認の為に、舞台の端でステージを確認していた。
オープニングはLOVE1000%前回を見てないので、完璧なのかは分からない。
でもすごくファンと演者が楽しめるナンバーなのだろう。
そのあと、ソロでみんな個人が歌う。
宮野真守さん!?
ビックリした、声優さん!?
今は声優アーティストと言うらしく、ほんとに歌手にも負けない歌声で、世間に疎い私には違う世界でオタオタとした。
うたプリというだけあり、歌唱力は私の予想を遥かに越えて、しかも、皆さんかっこいいのに、昔の顔を知らない時代の声優さんのイメージとはかけ離れている。
仕事もそれなりにした私は、社長が脇で見てて大丈夫と言われたので、最初のメドレーからじっくり観察していた。
イントロから聞いていると、ひときは目立つ存在感。
あぁ…たしか、私を見つけてくれた。
谷山紀章さん。
四宮那月役だったかなぁ。
アニメのイメージとは少しちがう、黒いワイドなパンツを履いて、どちらかと言うとワイルドな感じだったので、はじめは興味本意で見ていた。
歌がはじまった一小節でそんな彼の観察するような気持ちも、あっという間に飛び去る。
ハスキーな高音ボイスとスマートな立ち振舞いが私の視線を引き付けて、呼吸さえするのを許さない。
耳から入る音の全てが四肢を巡って細胞を震わせ、皮膚が沸き立つのが分かる。
私は今日、産まれてはじめての興奮に戸惑った。
彼の発する音に体全体で魅了されていた。
うたプリのライブが終わってから、私の頭は谷山さんの声に捕らわれたままで。
それでも現実は毎日毎日少しの余裕も見せずにやってくる。
あれから、ネットで何度も谷山さんについて調べて、しっかりと情報を頭に入れた。
GRANRODEOと言うバントを組んでいること、ファンクラブがあること、武道館でもライブをやった事など。
ほんとに些細な情報なのに、私には新しい世界の扉を毎日開けていくようで、私の中にこんな楽しむと言う感情があることが驚きだった。
仕事をしていても、私には正直、生活に余裕がなくて、毎月色々払うと残る金額はほんの少しで毎月悲しい気持ちになる。
先月はピアノの授業のバイトもあまり入れられないせいで、ちょっと厳しそう。
今の贅沢といえばGRANRODEOのliveや曲をパソコンで試聴することくらい。
それでも随分癒される…
それから、暫くして、うたプリ繋がりで宮野真守さんのliveのオープニングの曲とMCの間の曲など、何本かの注文が来ていた。
例のディレクターは、はじめの頃とは別人の様な接し方になって、こっちの方が困る程で。
『さすがだね〜!いや、僕のイメージどおり、ほんとにっっこれで行こう!』
と毎回同じセリフを繰り返す。
私もどぎまぎしてしまって言われるがままなのが申し訳ない。
『あの…もっと具体的に言って頂いて結構ですから、何かないですか?もう少し手を加えますので…』
はじめての私の要望に少し戸惑ったのか、あぁ…っと言って考え込む。
『じゃ、じゃあ、オープニングは草原に降り立つ王子さま的な!?壮大な感じにしたいから、少し、すこーしでいいから、オーケストラっぽくできるかな?』
なるべく目を合わさないようにチラッとだけ見て叱られた子供みたいになってしまった。
『は、はい。明日までに登場してからの雰囲気を変えてみたものを作ってお持ちしますね』
『よ、よろしく頼むね』
ギクシャクと会話を終えそそくさと立ち去る姿を頭を下げて見送った。