Light or Dark
□一章 二人の弟子
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剣を打ち合わせる音が響く。
ゼスは鼓動が速まるのを感じた。
今、彼は大きな屋敷の大きな中庭で兄弟子と共に剣の鍛錬をしている。
「ゼス、いいぞ! エルミスとの間合いを無くすんだ! エルミス! もっとやる気を出せ、 攻撃しろ! ほら、今だ!」
木陰から彼らの師匠、フェニウスが声を掛ける。
その傍らのグリフィンは牙のある口を目一杯広げ、大きな欠伸をした。
ゼスは右足で地面を強く蹴ると、剣を相手のわき腹めがけて突き出す。
それをエルミスが難なく受け止める。
二人は一度強く打ち合い、間合いを空けて互いに睨み合った。
体から汗が流れ、服をじっとりと濡らす。
「そこまで。今日の鍛錬は終わりだ!」
師匠はパンパンと手を鳴らした。
ゼスは構えていた剣をおろすと大きく息を吐いた。
この鍛錬は幼いころから毎日の習慣となっているが、やはり夏の時期にやるのは辛いのだ。
茶髪に琥珀色の目をした少年、ゼスの兄弟子であるエルミスは深くため息をついてバタリと倒れこんだ。
相変わらず剣の鍛錬は好きではないようだ。
剣を地面に放り出して寝そべるその姿は兄弟子としての威厳など微塵もない。
ゼスは苦笑いをする。彼を兄弟子と思ったことは正直、一度もない。
まあ、尊敬するところはあるにはあるのだが。
「夏にこんな鎧を着て剣の鍛錬をするのなんて大嫌いだ」
「戦場ではもっと重い鎧を着て休憩なしで剣を振るう。俺たちなんて胸当てと脛当てしかしていませんよ。エルミスの体が軟弱すぎるんです。女よりも体力無いでしょう?」
少し棘のあることを言い出してしまった。
ぐだぐだと文句を言い出したエルミスを、ゼスは少しからかいたくなったのだ。
エルミスが放り出した剣を拾い上げ軽く振る。
エルミスの愛用である両刃の片手剣。
剣は空を切り裂き、心地よい音をたてた。
「剣なんて疲れるだけじゃないか……」
エルミスは素振りを繰り返すゼスを横目にムクリと起き上がると、ぶつぶつ呟きながら木に立てかけてあった弓と矢筒を取り上げた。
適当に矢筒から一本、矢を引き抜くとそれを弓につがえた。
そして目一杯引き絞り、中庭の反対側の木になった林檎の実を睨む。
ゼスは剣を地面に刺してそれにもたれながら、その様子を見守った。
一瞬の静けさを切り裂くように矢は放たれた。
稲妻のような速さで矢は五十メートル先の林檎に刺さった。
的確に林檎を貫いた矢は、林檎を木から落とさず、刺さったまま林檎と一緒に揺れた。
ゼスがエルミスを尊敬する唯一の理由はこの弓の腕だ。
今までエルミスが的を外したところを彼は一度も見たことがない。
「相変わらず弓矢しかできないんですね。武術は広く鍛えることに意味があるんですよ」
ガッツポーズをしたエルミスにゼスは大げさに肩をすくめて見せ、地面に刺した剣を引き抜いて兄弟子に投げてよこした。
空中で剣を受け止めるとエルミスは思い切り顔をしかめた。
怒らせてしまったようだ。
大きく息を吸い込むと、エルミスはゼスを剣で示しながら一気にまくしたてた。
「……ったく。少しは兄弟子を敬え! そして感心しろ! 目上だぞ!」
「いますよね、そうやって年齢が少し上であるだけで偉そうにしている人。そういうことは、俺に剣の鍛錬で勝てるようになってから言ってください」
「な、なにぃ? ゼス! お前なあ!」
エルミスが剣を放り出すと拳を握り、飛び掛ってきた。
顔めがけてくりだされた右の拳をかわし、ゼスは右足を振り上げる。
エルミスはとっさに身体を引き直撃を回避した。
かわしながらゼスの胸めがけて突き出されたキックを今度はゼスが右腕でガードする。
反動でエルミスの身体が硬直した。
ゼスはそれを見逃さず、そのまま足でエルミスの左足を払った。
バランスを崩したエルミスはゼスの肩を掴んで引き倒し、共倒れするような形で地面に倒れる。
そして激しく組み合ったまま地面を転げまわった。
「おいおいゼス。そのくらいで止めにしておきなさい。エルミスが窒息してしまうぞ」
師匠に言われて、兄弟子の上に馬乗りになっていたゼスが渋々といった様子で立ち上がり、下敷きになっていたエルミスは転げるように弟弟子から離れると頻りに咳き込んだ。
「大げさですね、それほど強く絞めたりはしなかったはずですが」
どうやらわざと咳き込んでいるらしい兄弟子を睨むゼスの肩を、フェニウスは叩いて宥めると、二人に木陰に腰かけるように促した。
賑やかな二人の弟子を眺めながら初老の師匠は目を細めた。
弟子達の熱くなった身体を涼しい風が心地よく撫で始めた頃、中庭に小汚い帽子をチョンと乗せた小太りの男が転がるように走りこんできた。
赤いグリフィンの紋章をつけた、シンフォニア王国の伝令だ。
「フェニウス様! 国王陛下から召集の知らせがあります! 急ぎ、城にお戻りください」