オリジナル
□海列車
1ページ/1ページ
窓の外を、青い世界が流れていく。
向かい合わせの席に、一人で座り、窓の外を眺める。
空と海が永遠に続くようで、水平線の区別もつかず、空には雲ひとつない。
「当列車は最新のテクノロジーにより、不可能と思われた数万キロにも渡る海上線路を開発されました、海上列車でございます。乗客の皆さん、快適な海の旅を………」
アナウンスが流れる以外、車内は静か。
アナウンスさえも途絶えると、静寂が満ちた。
ただ、窓の外を眺めていよう。
青い海の真ん中に、ヘリの残骸が現れた。
日の丸を船体に画いたヘリは、胴体からまっぷたつに折れ、尾部は海に突き刺さるように立っている。
開け放たれたコックピットに、パイロットが立ち尽くし、空を見上げていた。
ヘリは窓の外を流れ、後方に消え去った。
次に出てきたのは、海に半分だけ浸かった都市。
窓や壁に草を茂らせた建物は、青を映した灰色に染まる。
その外壁や屋根に這いつくばるようにして、数人の人々が道具を手に発掘をしている。
列車は発掘をしている人々のすぐ横を通る。
列車を振り返る人は、一人もいなかった。
やがて、列車は速度を落とし、止まる。
降りてみれば、平らな地が広がる。
驚いた。
地には無数の足跡が真っ直ぐ空へと続いている。
そこに薄く張られた水が、青い空を写し、揺れていた。
足跡を踏みしめるように歩くと、小さく水音がする。
足元を見下ろして、自分の足跡だけが付いてないのに気づいた。
前に刻まれた足跡を、踏みつけるが、足跡がつくことは愚か、足跡が崩れることすらない。
その場で足踏みをするのも馬鹿らしくなって、歩くことにする。
無数の足跡はいつまでも続いてる物もあれば、途中で途切れている物もある。
足跡は一つ、またひとつと消えて、数えるほどになってしまう。
立ち止まった。
足跡を追いかけることの意義が分からなくなった。
「列車は来ないよ 」
一つの足跡の上に、男が立っている。
足跡は男の足のところで終わっている。
「ここが終わり?」
「終わりであるけど、終わりでもない。かと言って、始まりでもないし、始まりでもある」
「ややこしい」
「理解するのが? 受け容れるのが?」
「理解すれば、受け容れるのは簡単だ」
「それはそうだ」
「始まりでも終でもなければ、もう列車には戻れない?」
「何を言っている? 列車は後ろにいるだろ」
振り返れば列車が無言で後ろに停車していた。
「本当だ 」
「すみません、切符は必要ですか?」
新しい声がした。
小さな女の子がこちらを見上げている。
それまで饒舌だった男は、口をつぐんで何も言わない。
「改札がなければ、切符はいらないよ」
「ありがとう」
答えると、女の子はステップを上がって列車に乗り込んでいった。
「乗らないの」
男を振り返ると、男は首を振った。
「列車は置き去るものを置いていく。俺は乗れない」
「もし、間違えて置きさられたら?」
「そりゃ、そいつが置き去るべきものだったんだよ」
「それじゃ、置き去られる前に戻る」
列車に上がると、入れ違いに女の人が降りた。
息を吐き出すような音を立てて、列車のドアが閉まる。
歩き出した女をおいて、列車は静かに走り出す。