短編
□ふいうち
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「名前は馬鹿だね」
『はぁ!?』
授業終了直後、急に人の教室に入るや否や失礼な言葉を言う不二。
女子が王子様!とか言ってキャーキャー騒いでるけど、こいつの何処が王子様だよこの野郎。顔面殴るぞ。
「昨日、辞書を忘れて大石に借りに行ったそうじゃないか」
不二はご丁寧に窓側の一番後ろの私の席までくる。
『だから何よ』
「授業に必要な物を忘れるなんて、馬鹿のすることだね」
『私のこと馬鹿って言いたいの?』
「そうだよ」
いつもこんな感じで不二は私のことを馬鹿にする。
『はいはい、どうせ私は馬鹿ですよ』
また今日もかと適当にあしらう。
最近毎日やってる気がするな。
「自覚してるだけまだマシかな」
『てか、アンタそれを言うためだけに1組に来たの?』
「そうだよ」
『馬鹿じゃないの!?1組と6組ってかなり離れてんのよ?』
「だから?」
『はぁ、もういい。とっとと猫のとこに帰んなさいよ』
シッシと、私は不二に向けて手をふる。
こいつ何考えてるのかわからないよね〜。
いつも目瞑ってるし、表情もまったく変わんないし。こんなやつよりカタブツって言われてる手塚のほうが10000倍くらいいいわよ。
「ねえ」
『何?』
こっちは次の時間の準備があるというのに、しつこく話しかけてくる。
私は眉間にシワを寄せながら不二を睨む。
「なにその目」
『用が済んだらさっさと自分の教室に戻ってくれませんかね。
私アンタと違って暇じゃないんだけど』
ちょっと嫌味を言ってみる。
「僕にそんな口きいていいと思ってんの?」
『あ〜はいはい、魔王様は帰ってくださいね』
「なんかすっごいムカつくんだけど」
『あっそ』
私はそっけない返事を返す。
「こっち向いて」
そろそろ相手するのもめんどくさくなってきて、
言うこと聞いてれば満足して帰るかなと思い、取り敢えず言う通りに不二の方を向く。
不二と目を合わせると、不意にセーラー服のリボンを引っ張られた。
『首締まりそうなんですけど』
不満げに言うと、
次の瞬間、視界が暗くなると同時に、自分の唇に違和感を感じた。教室に女子の甲高い悲鳴が響く。私は驚いて目を見開いた。
すると、いつもは全く見えない不二の綺麗なエメラルドブルーの瞳と目が合う。
私と目が合うと、不二の目がフッと笑うように細くなった。
不二から視線を逸らせなくて、そのまま見つめ合う。
あれから、何秒たったのだろう。何十秒かもしれない。
とてつもなく長い時間に感じた。
唇を離そうと頭を後ろに反らすと、不二は私の後頭部に手を当て頭を動かせないように固定する。
酸素を求めて口を開けると不二の舌がヌルッと入ってくる。
不二の熱い舌が歯茎や上顎に触れる度に私の体が震えた。
不二は私の舌を見つけると、ペロッと舌の裏を舐めあげる。
『んっ』
鼻から抜けるような声が漏れる。
それから舌を絡められ、二人分の唾液が口から溢れそうになる。
すると不二は私の首に触れ、下からスルっと撫で上げてくる。ついコクっと唾液を飲んでしまった。
それに満足したのか、ようやく不二が離れた。
と思ったら、不二はまた近づいてきて私は反射的に目を閉じる。
顔に触れるサラサラな髪がくすぐったい。
耳に感じる不二の吐息に顔が熱くなる。
「僕、名前が好きだよ」
耳元でつぶやかれた言葉。
理解するのに時間がかかった。
「じゃあまたね名前」
不二は何事もなかったようにペロッと唇を舐め、背を向け去っていく。
私は呆然としてその背を見つめることしかできなかった。
「苗字何かあったのか?教室が騒がしかったのだが」
いつの間にか手塚が私のところにきていた。
『い、いや、なんにもなかったよ』
「そうか。苗字顔が赤いが熱でもあるのか?」
『あぁ!そういえばちょっと頭が痛いかもしれない!保健室行ってくるね』
そう言って私は教室を飛び出した。
手塚が何か後ろで言っているが、聞こえていないふりをしよう。
保健室には行かず、トイレに駆け込む。
個室に入り鍵を閉めると力が抜けた。
『何なのよアイツ』
散々人の心を掻き乱して、すぐにいなくなっていった。
これからどうやって話せばいいか分からなくなるじゃない。
胸に手を当てると、ドクドクといつもより速くリズムを刻んでいる。
何なのよこの気持ち。なんか心が満たされてる気がする。
『アイツってあんなにカッコよかったっけ』
ペロッと自分の唇を舐める不二を思い出し、私は顔が赤くなる。
さっきの一瞬で、アイツにキスと一緒に心まで持っていかれたのかもね。
まさにあなたは大切なものを盗んでいきました。それは私の心です状態。
『あ〜なんか悔しい』
なんだかアイツが好きだってことを認めるのが腹立たしく思えてきた。
当分は絶対認めてやんないんだから。
あの馬鹿。
ふいうち