短編

□こんなに舞い上がってばかみたい
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『あの、私、ずっと前から貴方のことが好きで、
それで、あの、』


「待って、僕から言わせて。
僕も君のこと好きだよ。僕と付き合ってくれますか?」


『...はい!』





「僕は誰よりも、君のことが好きだよ」


『わ、私も大好き』



**********


あの時の言葉は嘘だったの?
あんなにも好きって言ってくれたのに。
すべてが始まった教室で、さっきのは、全部聞き間違いだよね?と期待を込め、彼の背中に向かって手を伸ばす。


「全部嘘に決まってるじゃん」


彼が振り向いて言う。
その言葉に伸ばしかけた手が空中で止まる。
彼はいつもと同じ笑顔で、別れ話をしているようには思えなかった。


『でも、私のこと好きって言って、』


「それも嘘、君のことを好きになるはずがない」


『じゃあ、何で...』


「賭けだよ」


彼の口から出たのは残酷な言葉だった。
予想外の答えで頭が真っ白になり、だんだんと視界がぼやけていく。
今は泣いちゃだめなのに。


「テニス部の皆と賭けてたんだよ。君とどのくらい付き合えるか。
もし、一年付き合えたら、一万ってね。
君はとっても面白かったよ。
好きっていう単語だけで、赤くなったり、戸惑ったり、可笑しかった」


ホント馬鹿みたいだったと笑う彼。
なんで、なんで、なんで、なんで?


「君のこと、一回も名前で読んだことないのにね」


そう言われて初めて気づいたこと。
受け止めたくない現実に、ずっと耐えていた涙が零れる。


『そう言えば、私のこといつも、君って呼んでて』


「そう。僕と付き合えたことがそんなに嬉しかった?
ひとりだけ舞い上がっちゃうくらい。僕が君の名前を知らないことにも気づかないくらい」


ケラケラと笑う君が憎くて、憎くて、憎くて、でも愛しくて。好きなの。


『嬉しかったに決まってる』


反論すると思っていなかったのか、目を見開く彼。
だって当たり前じゃない。好きなんだもの。


『舞い上がっちゃうくらい、嘘でも付き合えて嬉しかった。
だって、ずっと前からあなたのことが好きで、それで』


「ふーん」


どうでも良さそうに、彼は私に背を向け歩き出す。
やだ、これで終わりだって思いたくないよ。


『まって...』


「何」


振り向いた彼は笑顔だった。
いつもと同じ完璧な笑顔。
その笑顔を見ると自然と涙が止まった。
そういえば、私が泣いちゃった時はいつもこの笑顔で慰めてくれたっけ。


『もう、いっかいだけ...おねがい。
最後の1回でいいから、もうこれで全部終わりにするから、


私に...好きって言って』


彼の目を合わせるのが怖くて、下を見ながら言った。
彼の反応がわからない。怖い。
暫く沈黙が続き、チッと舌打ちが聞こえた。
私はそれに驚きビクッと肩を揺らす。
彼女としての最後のお願いも聞いてくれないのか。
本当に私のこと何とも思ってなかったんだな。そう思うと止まったはずの涙が、また零れそうになった。





「...好きだよ、名前」


『え...』


言ってくれるとは思わなかった言葉に驚いて、足から力が抜けてしまった。私はその場に座り込む。
しかし、彼は私を見ることなく去って行く。
去っていった彼を止めることも出来ず、彼が出て行った扉を呆然と見つめ続ける。
彼がいなくなってから、どのくらい経ったのだろう。近くに人の気配は感じられない。
やっと全てが理解できた。これで彼と繋がる手段がなくなったのだ。


『...馬鹿みたいだね』


本当に馬鹿みたいだ。
彼の気持ちに気づかなかったあのときの私も、
大好きだった彼と付き合えて、舞い上がっていたこの心も、
そして、今も名前を呼ばれて、好きって言われて舞い上がっている私も、
本当にぜんぶ馬鹿みたいだ。





『周助、くん...すき...』






こんなに舞上がってばかみたい



 

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