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▽ちょっとした拍手文▽

2017.01.18 変更

(設楽統 先生パロ)



「その眼鏡って、伊達なんでしょ」

あたしを見上げた彼の顔を隠す黒い縁の眼鏡。あれにはきっと度など入ってなどいやしない。ほら、また、見透かしたようなその瞳。もっと近くで見たいけど駄目らしい。だって、彼は先生だから。

「これね、ちょっとだけ度入ってんの」

放課後の教室で、あたしは目の前に座る彼の顔を瞬きして眺めた。

「入ってるの?貸して、見せて」

「駄目だよ。そんな事よりも、親御さん来る前に進路のプリント埋めて」

今日は進路の懇談があるから、静かな教室に先生と二人きり。だけどせっかくの二人きりなのに、先生は冷たい。冷たいっていうか、いつも通りで変わらずだけどそのいつも通りが根本的に冷たい。
それに設楽先生は全くわかってない。あたしは高校入った途端に副担任だった先生の事を好きになったし、二年に進級して担任になった先生に泣く程喜んだし、バレンタインは誰よりも力込めて作ったし、毎日笑顔でおはようって言うし。
だって今日もプリントを白紙で出したのは、先生と二人で決めたかったからで、そのために懇談だって最終日の最後を選んだ。

「将来の、夢とか、別に…無いし…」

プリントに押し付けたシャーペンの芯がぱちっと折れて机の端に飛ぶ。それを目で追い少しばかり怪訝そうな顔をした先生は腕時計をチラリと見た。予定の時間まで、あと三十分くらいしかない。”親御さん”が来たら二人きりは終わりだ。

「小さい頃何になりたかった?」

「…かわいいお嫁さん」

「それはまだ先かもな。仕事は?」

「そんなの高校卒業してからでいいもん」

「そんなもんあっという間、直ぐだよ。卒業したらどうすんの?」

「設楽…先生のお嫁さん」

そう言って上目遣いとかしてみたり。でも先生は呆れたように鼻を鳴らすだけ。

「残念でした。俺はもう結婚してる」

「…知ってるし」

ほんとに知ってる。鬱陶しいぐらい。年齢、誕生日、血液型、好きな食べ物、娘さんの名前だって、出身校だって知ってるもん。こんなに知ってるのに、先生はあたしの事何にも知らない。誕生日や血液型はおろか、あたしが先生を好きだって事も、知らない。

「進路知ってたって、意味無いし…」

「え?」

眼鏡を薄い布で磨いていた先生が耳を傾けて聞き返す。

「なんでもない!」

怒った勢いで椅子から立ち上がり、先生の手から黒縁眼鏡を奪い取った。そして直ぐにレンズを覗き込む。ほら、やっぱり伊達だ。

「何すんの」

返しなさいと先生が立ち上がる。あたしは自分の鼻と耳に引っ掛けた眼鏡を指差して彼から距離を取り尋ねた。

「なんでいっつも伊達眼鏡掛けてんの」

「度なら入ってるってさっき言ったろ」

「嘘だね、入ってないよ。これ」

「返しなさいって」

手を伸ばしてきた先生をヒョイと避け、歯を出して笑ってみせる。

「返して欲しいなら取り返してみなよ」

ほら…と唇を尖らせた瞬間、黙り込んだ先生の顔付きが静かに淡々としたものに変わる。途端に雑音が耳から消え、鼓膜の奥がキーンと鳴った。度の入っていない眼鏡の奥には、初めて見るような顔をしてる先生が映ってる。様子の違う彼に体が凍り付いたあたしはその場に立ち尽くした。

「何、急に……怖い顔して…」

怖い顔っていうか、知らない顔。

「怖い顔?男って本当は怖いんだよ」

抑揚の無い声はいつも通り、だけど何か違う。不安感を呼び起こす強い眼差しにあたしは思わす後ずさりをした。他の生徒の進路相談してる時と変わらない同じ目なのに、絶対何か違う。あたしはその目を睨みつける。

「怖くないよ、全然。先生なんかもっと怖くない」

「まだ何も知らないくせに」

その言葉にムッとして「何も知らないのは設楽先生」そう言いかけた時、後ろにあった椅子に足が引っかかり腰が抜けるように椅子へ落ちた。ガタンと机が地面に擦れて大きな音を立てる。あたしを見下ろす先生。吸い込まれるような黒い瞳から視線を離せなくなった。

「知らない事全部、俺が教えてやろうか?」

あたしの直ぐ側、机の上に置かれた手。低い声が耳に滑り込み、大きな身長差であたしの顔に影が出来る。怒ってるのかなんなのか、彼の切なげなその目に正反対の恐怖と高揚がドウッと押し寄せてきた。浅い呼吸を繰り返せば、この空間には至極異質であろう熱いぐらいの体温が絡み合う。あたしは机にあった設楽先生の指にそっと触れた。

「……教えてよ」

先生の瞳がぐらりと揺れる、それも不安気に不安定に。暫くの間沈黙が続き、どちらかの心臓の音がハッキリと聞こえる。途端に目を逸らしたのは設楽先生。あたしから距離を置き深い溜息を吐いた彼は、眉尻を下げて弱々しい笑顔で笑った。

「ごめん。変なこと言った。傷つけてたらごめん」

「………」

”眼鏡返して”。そう言われたあたしは軽く目を細めて、未だに微笑んだままの彼に眼鏡を手渡した。

「進路の事だけど、女優が向いてると思うね」

そういって明るく笑うものの、眼鏡を受け取る時だって指先ほどもあたしに絶対触れない設楽先生。ねぇ、聞き逃して無いよ、ごめんってなに。まだ告白さえしてないのに。

「あぁ…、向いてるかも」

あたしは眼鏡をかけ直す先生から視線を逸らし、プリントの白い枠へ乱雑に”女優”とだけ書いた。それを見た先生が流されやすいなと軽く笑う。

「別に強要してないよ。好きな事をしなさい。進学するのもアリだから」

「………」

目の前に居る彼の姿が何重にもなってボヤけてきて、時計は約束の時間まであと5分をきってた。

「自分がしたいと思った事をしなさ…」

言いかけた言葉を防ぐように彼の胸元に飛び込んだ。微かにあたしの名前を呼んだ彼の体から香る柔らかな柔軟剤の匂いに包まれる。きっと奥さんが洗って、毎日アイロンを綺麗にかけてるシャツ。こんな白いシャツ大嫌いだ。大嫌い、なのに大好き。

「…別れなくてもいい。一番じゃなくてもいい、好きじゃなくてもいいから、あたしが卒業したら、」

最後まで言いたかった。だけど先生は、その骨ばった大きな手で絶対にあたしの事を抱きしめたりしない。その手はしっかりとあたしの肩を強く握って引き剥がすためにあるだけで、あたしは。

「卒業してちゃんと女優になったら、真っ先に俺にサイン書けよ」

夕日越しに見えた先生の顔は凄く困ったあとの精一杯の笑顔で、悲しくてなのか切なくてなのか、あたしにはどっちか分からなかったけど涙が溢れ出た。

「先生にだけは絶対に、しない…!」

頬に触れるお湯のような涙は熱くて熱くて、だけどそれが酷く心地よくて。でも心は裂けるようにいっぱいいっぱいなものだから、あたしは流れる熱を吐き出しながら大きな声で泣いた。

このあと、深く後悔してよ設楽先生。
さよなら、あたしを知らないままで。




……………


メッセージ、リクエストいつもありがとうございます!
素敵なコメントばかりで
嬉しいかぎりです!

PS.今回の拍手文は、ludovico einaudiの『FLY(翼を広げて)』が素敵だなと思って書いたものです。切ない恋、叶わない恋だってたまにはいいかなと思います☆


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