帰りの馬車の中では膝を抱え、隅に座るジェミニとその隣に隙間なくくっついているトゥイン。ジェネルはトゥインの横に座ってジェミニの背中をあやす様にポンポンと叩いていた。屋敷に着くとジェネルがジェミニを抱き抱え、トゥインの手を握って屋敷に入って行く。勿論一切の会話なく。

「おかえりなさいませ」

 出迎えてくれた燕尾服の男に部屋に籠るから三人分食事は要らないと告げると、スタスタと上がって行ってしまった。

「ただいま戻りました」

 ペティが笑顔で言葉を返すと、燕尾服の男は安心したように笑った。

「おかえりなさいませ」

「今日は少し疲れたみたいなので私の分だけ用意して頂けますか?」

「かしこまりました」

 恭しく頭を下げて男が下がると、ペティは大きく息を吐く。

「おかえりなさいませ」

 気を抜いた瞬間、掛けられた声にペティの肩が大きく跳ねた。

「はひっ?!」

「……申し訳ございません」

 ペティが声の主を見れば、そこには困った表情で頭を下げるロックベル。

「あっ、いえ。すみません……気を抜いてしまっていて……」

 へにゃりと笑うと、ロックベルはいつもの笑顔に戻った。

「お疲れでしょう。少し別室で御休みになられますか?」

「あっ、いえ。私も少し部屋で休みます」

 ペティの答えに安心したようにロックベルが笑う。

「かしこまりました」

 そう言ってロックベルは下がって行った。

「ジェミニさん……」

 心配そうに二階を見上げながら、意を決したように階段を上って行く。部屋の前ではマナがとても戸惑った様子で扉を見つめていた。

「マナさん」

 ペティが声をかけると、マナは少し安心した表情になる。

「ペティ様。ジェネル様達の様子が……」

「あっ、すみません。少しそっとしておいてあげて頂けますか?」

「はい……私達に何かできることはありませんか?」

「今は見守ってあげてください」

 とても心配そうにペティを見るマナに、優しい笑みを浮かべる。

「きっと、大丈夫です!少し時間がかかるかもしれませんが、また元気になったら沢山お話してくださいね!」

 ペティの言葉にマナは嬉しそうに頷いた。

「もし、御用が出来ましたら何でもお申し付けください!私はいつも通りここに居ますから」

「はい!よろしくお願いします」

 そう言い残してペティは部屋の扉を開いた。一歩踏み込むと、とても怖い表情でジェネルがペティに視線をやる。

「……ペティ」

「ジェネルさん、私―――」

「ごめんなさい、ペティ。少しの間席を外して貰ってても良いかしら?」

 問答無用と言うようにきっぱりそう言うと、ペティは少し悲しげに俯いた。

「私に出来ることはありませんか?」

「今はないわ。少しだけそっとしてて貰える?」

 ジェネルの言葉にペティは一度目を伏せてから顔を上げる。いつもの愛らしい笑顔を向けて。

「解りました。では今日は別室で休みますね……私に出来ることがあれば、必ず……必ず教えて下さい」

「解ったわ」

 視線を逸らして素っ気なく答えたジェネルは、ペティの笑顔の変化に気づかなかった。ペティは踵を返すと、部屋を出ていった。

「ジェミニ、あたし達以外誰も居ないから声、出して良いわよ」

 ジェネルの言葉に、ジェミニの肩が揺れる。その震動はくっついて寄り添うトゥインにも伝わった。

「そうだぞ?おいら達は知ってるから。ジェミニが誰よりも辛いこと……おいらも共犯だから……ジェミニがおいら以上に辛くて悲しいこと、知ってるぞ」

 そう言って立てた膝に顔を埋めているジェミニの肩にトゥインは凭れかかる。

「……あたいのせいで……」

「うん」

 ぽつりと繰り返される言葉に返事を返しながら、ジェネルの手が優しくジェミニの頭を撫でる。

「死んじゃった……」

「うん」

「あたいなんて……生まれてこなきゃ」

 猫が懐くようにトゥインは頭を擦り付けると、態勢を変えてジェミニを抱きしめた。

「違うよ。おいら達が生まれてこなきゃ良かったんだ」

 トゥインの言葉にジェミニの嗚咽と頷きが返ってくる。

「おいら達が生まれなきゃ、父さん達は『生きてたんだ』」

 そんな二人をゆっくり抱きしめて、ジェネルは天井を仰ぎ見た。

「もう二度とあんた達みたいに理不尽に両親を奪われる子を出させないから……絶対に。あたし達で絶対に阻止するわよ」

 誓いにも似た言葉に、ジェミニも頷いた。


*****************


 三人が部屋に籠って三日が過ぎた。ケニーには少し体調を崩したからと伝え、それと同時に二・三日はそっとしておいて欲しいと伝えれば、快く了承してくれた。昼間は食事を促しても決して扉は開かない。夜に時々聞こえる叫び声に、ペティが目を覚まして扉を叩くがこちらも決して扉は開かれなかった。そんな日が三日続くと、ペティの顔にも笑顔が消えていく。

「……大丈夫ですか?」

 最近はマナがペティとティータイムをすることが増えた。日々、失われていく笑顔に、マナの表情も硬くなっていく。

「すみません……私がこんなんでは駄目ですね」

 無理やり笑うが、失敗に終わった。

「ご無理はなさらないでください。きっと後二・三日もすれば出てきてくださいます」

「はい……」

 少し暗い表情のまま紅茶に口をつける。そして少し考えるようにティーカップを両手で包んで目の前に飾られている花を見つめた。

「……こんにちは、淑女」

 控えめにかけられた声に弾かれたようにペティは顔を上げた。マナは慌てて椅子から立とうとして手で制される。

「……レイン公爵様……」

「……あ〜淑女がちゃんと食事をとっているか見て来いって、ロビンが」

 暗いペティの表情に少しバツの悪そうな表情で髪を掻き毟りながら広間に入ってきた。

「あっ、私はちゃんと取っているのですが……ジェネルさん達が」

 再び花に視線が戻って呟くようにそう言えばレイン公爵は手に持っていたモノをペティの前に置く。

「淑女、君がそんなに暗い顔をしていたら彼女達が出てきた時、次は君のことで悩んでしまわないかい?」

「……ジェネルさん達にとって私は家族ではなかったんです……私はこの一年で家族のように大切になりました。ジェネルさん達が笑っているのを見るのがとても好きでした。困っていることがあれば少し相談してくれることもありました……だから私は勘違いしていたんです。家族になれたのだと……でも一番大切なことは私だけ知らないんです……」

 俯いてしまったペティの頭にレイン公爵の大きな手が置かれ、ポンポンと軽く叩かれる。

「淑女、確かに今の彼女達は周りの人間があれやこれやと世話を焼くのは鬱陶しいだろうな」

 レイン公爵の言葉に、ペティの肩が微かに震えた。

「でもな、鬱陶しがられても良いんじゃないかい?君は彼女達が自分に話せないことがあったから、嫌いになったのかな?」

 尋ねた質問にペティは首を振る。それを見て、頭をポンポンと叩くと、言葉を続けた。

「まだ好きなら、そこで君が少しでも近づかないと。そこで周りが干渉してやらないと引きこもってしまう場合もあるんだよ?確かに踏み込み過ぎはよくない。俺は踏み込み過ぎて追い出されかけたからな……」

 バツの悪そうなレイン公爵の言葉に、ペティは恐る恐る顔を上げる。

「でも俺はそいつの傍に居ることを許して貰ったよ?相手が引いた絶対超えてはいけない一線を踏み越えなければ良いんだ。相手は何重にも線を引いている。それを一つずつ超えてみて、失敗したらその一線を戻った距離が相手が自分を許してくれる範囲だよ。他人だと思っている奴に一線でも越えさせられる奴なんて居ない。良いかい?自分が相手が許してくれるのを推し量るように相手も推し量ってくる。近くにいてくれる人間なのか否か」

 真剣な表情でペティを見つめていたレイン公爵の表情が優しく笑った。

「君はロビンと似ていて常に周りを見ようとする。しかしロビンと違う所は君はよく空回りをするし、拒絶をそのまま素直に受け取ってしまうところだ」

 急にペティの髪をかき乱す様に手荒く頭を撫でると、ペティはキョトンとした表情で首を傾げる。

「素直な事はとても良いことだ。だけどそれが相手と自分を隔ててしまうこともある。ロビンのように笑って嘘を吐く奴もいるし、トライ卿のように飄々と受け入れてるように見えて拒絶している爺も居る。君のように素直な人間だけじゃない。あの女のように口と態度が全然違う天の邪鬼も」

 頭を撫でながら面白そうに笑う。

「確かに箱庭に居た淑女には知らない人種が多いだろうさ。でも、君はマーキス卿が作った箱庭を捨ててあの女達と生きていくことを決めたんだろ?なら、自分で行動しないとな?嫌われても良いから自分に出来ることをする。そう言う意志を持ったら君は無敵だよ」

「……嫌われても……?」

「大切だったから嫌われても良い、出来る限りのことをする。例え自分が歯を食いしばって耐えなければならないとしても。相手のどんな姿を見ることになったとしても。そうやって俺はお節介を焼いて焼いて居座ってやった。ざまあみろって感じだな」

 そう言って楽しそうに笑うレイン公爵にペティは再び首を傾げる。

「公爵様のことですか?」

「その通り。ロビンの横に居座ってやった。一度は離れたが、これからも俺は居座る気満々だぜ?俺は他の人間と同じ距離を保たれるより相手に嫌われても傍に居ることを選ぶ。まぁ好かれた方がそりゃ嬉しいけどな。淑女はどうかな?自分が家族だと思った大切な人に他人と同じ距離を保たれるか、嫌われてでも傍に縋りつくか。全ては君次第だよ。もし後者を選ぶなら、これを双子に持って行ってくれ。前者ならそれは捨てておいてくれ」

 子どもの様に笑って再びペティの頭をポンポンと叩くと、扉に向かって踵を返す。

「じゃ、俺はロビンに君のことを伝えないといけないから帰る」

「あっ、あの!私に出来るでしょうか?」

 帰ろうとするレイン公爵にペティは慌てて立ち上がると、持っていたティーカップが床に落ちた。

「あっ……」

 入っていた紅茶はペティの服を汚す。それを見たマナも慌ててペティに駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

「あっ、はい。すみません。マナさん」

「淑女、君が出来るか出来ないかは俺よりも君をいつも見てくれている彼女達に聞いた方が確かだと思うよ?怪我はなさそうだから俺は帰るよ?君にちょっかいをかけているとうるさい女が居るからね」

 手を軽く振って部屋から出て行った。

「……あっ……いってしまいました」

 取り残されたように立ち尽くすペティに、マナは服に着いた紅茶を拭っていたが、意を決したようにペティを見上げた。

「あっ、あの。ペティ様!」

「へっ?あっ、はい」

「ペティ様なら出来ると思います!だってペティ様はジェネル様達のこと、本当に大切にされています。それにジェネル様達もきっとペティ様のこと、家族と同じだと思ってくれています!だから、ペティ様を嫌う事はないと思います……レイン公爵様の言っていたことが本当なら、きっとジェネル様はトゥイン様達をふとした言葉でこれ以上傷つけてしまわないか、心配なんだと思います……そうやってトゥイン様達がペティ様を拒絶して傷つけてしまうことが心配なんだと思います……だからきっとジェネル様自身が、嫌われ役になったんだと思います!」

 必死な様子のマナに少し驚きつつも、ペティは最後にとても嬉しそうに笑った。

「マナさん、ありがとうございます」

 お礼を言ってストンと床に座り込むと、マナの腰に腕を回して抱きつく。

「ペッペティ様?!」

「ふふっ、すみません。私達のせいで気を遣わせてしまってすみませんでした……私、全力で癒します!」

 慌てふためいているマナを気にする様子もなく、そのままの状態がロックベルが広間に顔を覗かせるまで続いた。






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