朝からけたたましいノック音。それに舌打ちをしながらジェネルは眠い目を擦りながら階下に降りた。すると、燕尾服の男が来客を出迎えているのが見える。金糸の髪が日光を反射してジェネルの目に飛び込むと、より一層ジェネルの中の苛立ちが増した。

「ちょっと、朝から何よ?」

 棘を含んだ声に、レイン公爵も舌打ちする。

「もう昼近くだ!寝過ぎなんだよ!」

「で?文句でも言いに来たの?」

「ああ、ああ。大いに文句を言いに来たよ!」

「可能であれば広間でお願い出来ますでしょうか?」

 少し困ったようにかけられる声に、苛々した二人の心も再び増した。

「失礼する」

 レイン公爵の棘を含んだ声に男はとても呆れたように笑う。そんな男の横を通り過ぎ、レイン公爵はズカズカと進んで行った。

「お前に話がある」

 通り過ぎざまに言われた言葉に、ジェネルは一つ溜息を吐いて後に続く。

「で?何よ話って」

 広間に入るなり、ジェネルはレイン公爵の背中に問いかけた。

「昨日ロビンに頼まれたモノ―――」

「ああ、そこにあるわよ。とっとと持ってってよね」

 レイン公爵の言葉を遮る様に広間のテーブルの上を指す。テーブルの上に適当に置かれた紙の束を認めて、レイン公爵は呆れたように口を開く。

「……お前、これ何だと思ってるんだよ」

「何が?興味ないから知らないわよ。変態公爵がヘマした書類でしょ?」

「……あ〜もう良いや。悪いがお前に突っ込んでやれるほど今は機嫌がよくないんだよ。とにかくその書類。今夜にでも指定する場所に持って行け」

 適当に手を振って流すと、次の指示を出す。

「はい?何馬鹿なこと言ってるのよ?変態公爵の書類なんだからあんたが持っていけば済む話でしょ?」

「お前、頭おかしいんじゃねぇの?その書類は盗品だぞ。俺が持ってたらおかしいだろうが。とにかく、昔お前らに貸した王宮の地図出せ」

「……地図?」

 意味がわからないと言うように眉根を寄せるジェネルに、レイン公爵も負けじと意味がわからないといった表情を浮かべる。

「二年前お前らを救出する為に渡した地図!」

「そんなものとっくに捨てたわよ」

「はぁ?!お前、何やってんだよ!あれは唯一ロビンが隠し通路までを全部書き込んだたった一枚しかない地図だぞ?!」

「変態公爵が書いたんなら、また書かせれば良いじゃない」

「マジ、ふざけんなよ……冗談きついぜ」

 大きく溜息を吐いて、レイン公爵は力なく椅子に腰かけた。

「……はぁ」

「地図でしたら御用意しております。ただ、隠し通路は記載されてはおりませんが」

 重い溜息を遮る様に、開け放たれていた扉からロックベルがワゴンと共に入ってくる。

「……ありがとうロックベル。とにかく、お前は今から説明する所に忍び込んで、その書類を置いて来い」

「だから―――」

「お前が、あの双子の将来のことを思うなら、言う通りにしろ。もしあの双子がどうだって良いならそのままこの書類は捨てろ」

 反論しようとするジェネルを強い口調で制す。とても強い真っ直ぐな意志を湛えた瞳で。

「これは恐らく、最初で最後のチャンスだ。それを信じるかはお前が決めろ。あの双子の保護者はお前だからな」

「どう言う―――」

「説明はしない。お前が俺達を何処まで信じて良いか判らないように、俺はお前を何処まで信じて良いのか判らないからな」

「レイン公爵様。睡眠不足のようですが、口調が強過ぎますと歩み寄れぬものですよ」

「……あ〜悪い。本気で眠いんだ。義族と共謀した奴がいるとかミュール子爵が騒ぎ始めて例外なくさっきまで夜会の出席者全員拘束されてたからな」

「何で?」

「はぁ?お前が贋作と本物の両方を盗んだからだろうが!当てつけがましく本物の隠し場所は丁寧に戻してたんだって?ミュール子爵は馬鹿にされたって御立腹だったよ。俺はまだ良い。この後、寝れるからな。バロン卿も休むって言ってたから心配要らないが、ロビンはもう登城だよ!」

「……出たわね、過保護」

 呆れたように言うジェネルに、レイン公爵は大きく溜息をついて頭を抱えた。

「とにかく、俺はさっさと寝てさっさと登城しないと仕事があるんだよ。だから一回しか言わないからな」

 ブツブツと言っているレイン公爵の元に、ロックベルは地図を広げる。

「ありがとう。この部屋だ」

 地図の一つの部屋を指してレイン公爵は言った。

「この部屋に忍び込んで何処でも良い。その書類を置いて来てくれ。絶対にこれだけは守れ。これは一番重要だ。もし、この書類を置きに行く気がないなら絶対に燃やせ。盗品が此処にあれば、下手をすればお前だけじゃなく、全員斬首だ。勿論あの双子も例外なくな。ペティ嬢は確実に。だから絶対に燃やせ良いな」

 真剣な面持ちでそう言ってから、立ちあがる。

「あと、この部屋だけは間違っても入るなよ?結構予測不可能なことが起こるから」

 先ほど示された部屋の隣を指してそう言うと、疲れた表情を隠しもせずに広間を出て行ってしまった。

「……ねぇ、ロックベルさん。変態公爵二号を信じて良いのかしら?」

「そうでございますね……ジェネル様の御心が向けば、で良いのではないのでしょうか?」

「あたしの心が、向けば……少し考えるわ。あっ、あと、ケースありがとう」

「いえ、お役に立てたのであれば、それほど嬉しいことはございません」

 広間を出て行こうとするジェネルに恭しく頭を下げ、ロックベルは見送った。ジェネルは自室へ戻ると、再び睡魔に襲われた。

「……もう少し寝てから考えることにしましょう」

 そう言って未だ夢の中に居る大きな固まりの隣に潜り込んだ。







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