「……本当にジェミニ達の協力って必要よね……何か下は煩いし」
一人愚痴を言いながら、階下とは違う静かな空間を壁伝いに歩く。
「それにしても見張り多いわね……今回は予告状出すんじゃなかったわ」
「いえ、元々彼にはやましいことがあるので、見張りはいつもこんな感じだそうですよ?」
「そうなのね……はっきり言ってうざいわ」
「確かに多いですね。左からきます。その門では見えてしまいます三歩程後ろへ」
「解った、わ?って?!」
ふとおかしな状況にあることに気づいたジェネルは後ろにくっついていた気配を勢いよく壁に押し付ける。大声を出せないように確実に首を絞めて。
「ぐっ……」
「あっ―――」
夜目の利くジェネルが声をあげようとしたのを人差し指を押し当てて止めると、先程ジェネルが伺っていた廊下の方へ視線を向けた。
「おい、何か物音しなかったか?」
「気のせいだろ?あんまり騒がしくしたら子爵がカンカンになるぞ?」
「それもそうだな」
笑い話をしながら通り過ぎる二人の男を気配を消してやり過ごす。
「……行ったわね……」
少し安堵したジェネルの腕を軽く叩く衝撃がふと視線を動かした。そこには真っ赤になってもがいている男の姿。
「……何やってるのよ、変態公爵」
呆れた表情で首を絞めたまま尋ねれば、ロビンはもがくのを止めて困ったように笑いながら再び手を軽く叩く。
「……離して欲しい?」
ジトッとした視線を送れば、これでもかと言うほど首を上下に振るロビンに、呆れたような溜息をついて手を離した。何かを堪えるように息を細く吸い込むロビンを見下ろしながら、ジェネルは再び同じことを尋ねた。
「で?何やってるのよ?」
少し失敗したのか小さくせき込んだ後、髪を梳く。
「いや、今日はジェミニ達が不在だろうし、心細いだろうから僕が―――」
「荷物が増えるだけじゃない」
へにゃりと笑って言うロビンの言葉を一刀両断して、大きく溜息を吐く。
「そんな、照れなくて―――」
「うざいわね」
「……二人なら―――」
「邪魔」
「少しで良いから最後まで言わせてくれないかいっ!!」
必死に腰にしがみついて小声で喚くロビンに、ジェネルは全力で引き剥がそうと力を入れるが、全然離れる気配もない。
「煩いわね、ハウス!」
「うぅっ……」
小声で怒鳴れば、渋々と言った様子で壁に右側面を付けて、いじけ始めた。
「ったく、一体何なのよ……」
少し息を切らせてそう愚痴を漏らすと、ロビンが切なそうな瞳をジェネルに向ける。
「だから、僕はハニーが淋しいか―――」
「黙って」
ジェネルがロビンの肩を足蹴にすると、喜び勇んでその足に飛びつこうとしたのを本能で危険と感じたジェネルは素早く体をずらして回避した。そして柔らかな絨毯とお友達になったロビンの背中を再び足蹴にする。
「ああ、ハニー。此処は暗過ぎてハニーの顔が見えないよ……」
とても切なそうに呟くロビンに、ジェネルは総毛だった。
「本当に気色が悪いわね!とにかく邪魔だからどっかいってくれない?あんたも見張り達みたいに伸すわよ?」
「あっ、伸すで思い出した。ハニー、伸した相手はちゃんと簀巻にして誰かの目に触れにくい場所に移動しなきゃいけないよ?今日は単独なんだから」
「そんなまどろっこしいことしなくても見つかる前に帰れば良いのよ!だからあんたとこんなことして遊んでる訳にはいかないのよ!」
「え〜」
「え〜じゃないわよ!あたしを心配してるならとっとと消えてくれない?」
「う〜ん。あっ、そうだ。ハニーじゃぁお願いがあるんだけど良いかい?」
「……それを聞いたら帰るの?」
「うん。勿論だよ?約束をするよ」
ロビンの言葉に半信半疑と言う様子で、ジェネルは耳を傾けた。
「実は取って来て欲しいモノがあるんだ。おそらく君が予告しているモノは金庫に入れられているだろうからそのついでに。その近くにある紙の束を一式マーキスの屋敷に持ち帰って欲しいんだ。実は僕が間違えて判を押してしまったモノだから」
「……特徴はそれだけ?」
「金庫の中の紙の束一式。頼んだよ?」
何の悪びれた様子もなくそう言い放つと、ロビンは元気よく手を振って走りだす。
「……えっ、ちょっ……何であたしがあんたの尻拭いをしなきゃならないのよ……」
引き留めようと伸ばした腕も虚しく、ロビンは姿を消した。
「……まっ、まぁ。これで仕事ができる、わね?」
そう自分に言い聞かせて、ジェネルは集中することにした。二つ角を曲がった所で欠伸をしている見張りを二人伸し、そのまま放っておこうかと考えたが、何故かロビンの言葉が頭をよぎり、近くの部屋にあった紐で口と手と足とを縛ってから次へと進めた。
「……こっ今回だけよ」
言い訳をの様に呟いてそれを数回繰り返した後、一番奥の部屋に辿り着く。鍵のかかったその部屋の扉を遠慮なく蹴破って、ジェネルは室内に入った。ジェネルの目に飛び込んできたのは幾つものガラスケースに入れられた装飾品や骨董品の数々。その中に、狙っていた装飾を見つけた。そのケースを破ろうとして、ふと思い出す。
「そう言えば、変態公爵に頼まれたの忘れてた……」
律儀に思い出してしまった一方的な約束。少しの葛藤の後に部屋を見回す。自身の直感を信じて、一つの絵の前に立つ。
「昔っから絵の後ろに隠す馬鹿は多いのよね」
そう言いながら絵を取り外すと、見えてきたのは鉄の扉。
「ふん。こんなの……そうだった。ジェミニ達が居ないから判らないわ……地道ね」
肩を一つ鳴らしてから、ダイヤルと0に戻して鉄の扉に耳を押し当てた。
「左……7ね、右……9……5……10……あっ、開いた。さっ、ちゃっちゃと頂き……あら?」
開いた扉の先に、先程ケースの中に見たモノと同じ装飾品。
「……贋作。なんて手間のかかることを」
忌々しげにケースを見つめてから再び金庫の中に視線をやって、紙の束と装飾品を手に取り、装飾品は腰につけたポーチの中に入れた。
「こんな腹立つことされると、やり返したくなるのが真情よね?」
そう呟いてから丁寧に金庫を閉め、ダイヤルを元に戻し、絵画をかけ直す。さも何もなかったような状態に戻すと、贋作の飾られているガラスケースの前に立った。
「じゃぁ、頂いて行くわね」
何の躊躇いもなく、ガラスを破る。けたたましい音が屋敷に響いた。その後、沢山の足音のする廊下ではなく、窓から軽やかに姿を消した。