「さぁ、ではお仕事しますか!」

 そう言えば、ペティとトゥインは元気よく『お〜』と返し、寝ぼけ眼のジェミニは目を擦りながらも小さく頷いた。

「ジェミニ、すぐ帰ってくるからね?」

 ジェミニの頭を撫でれば、ジェネルの腰に小さな手が回り、ギュッと抱きしめてくる。

「ん〜」

 頬を擦りつけながら幸せそうに笑むと、腕を離して小さく手を振った。その腕には騒ぎの後に、渡した銀細工の腕輪が揺れる。それを認めて嬉しそうに笑んだ後、ジェネルは扉をくぐった。

「おはようございます!」

「おはよう、マナ。元気ね……」

 日が頂点を過ぎたにも関わらず交わされる挨拶には何の疑問も抱かず、ジェネルはマナの嬉しそうな表情に首を傾げる。

「はい!皆様ちょくちょく顔を指して下さるので、もう、嬉しくて嬉しくて!しかもトゥイン様とジェミニ様、御菓子は食べて下さるので、マナは……マナは嬉しくてついついチョコを渡してしまいます!」

 そう言って嬉しそうに指すのは昨日まで花が活けてあったはずの花瓶の中に山盛り詰まった一口チョコ。

「……マナ……」

「はい?」

 咎めるつもりでかけた声も、嬉しそうなマナの表情にジェネルは一瞬言葉に詰まった後、『程々に……』とだけ伝えてその場を後にした。

「おはようございます、ジェネル様」

 階下に下りると、次はロックベルが声をかけてくる。

「あっ、おはよう……一つお願いがあるんだけど?」

「はい、何でございましょう?」

 ジェネルの言葉に、嫌な顔一つせずにロックベルは尋ね返した。

「えっと……前見せてくれた銀細工を入れてたガラスのケースってもう一つあったりしないかしら?」

 少し言いにくそうに尋ねれば、ロックベルは何かを察したのか、優しい笑顔で笑う。

「髪留めを入れるくらいのケースでしたらお帰りまでに幾つか御用意することが出来るかと」

「本当?じゃぁ、お願いできるかしら?」

「勿論でございます。それでは気を付けて行ってらっしゃいませ」

 恭しく頭を下げるロックベルに、何の疑問も抱くことなく屋敷を出て行った。

「……執事長。何で髪留めなんですか?」

 ジェネルの後ろ姿を見送った後、燕尾服の男がロックベルに尋ねる。

「はい?」

「ですから、何でケースで髪留めなんですか?普通ネックレスとかじゃないんですか?」

「バロン男爵様がファミリーリングと被るリングをプレゼントされるとは考えにくいでしょう。ジェネル様の感覚ではネックレスやイヤリングなどの装飾品は好まれません。でしたら装飾品として身につけられるとすれば美しい長い髪を纏められる髪留め、かと」

「……ああ、なるほど。じゃぁ、さっそく用意しちゃいますね?」

「お願いします」

 納得した様子の男に、ロックベルは優しく笑んだ。そして懐中時計を確認した後、仕事に戻っていた。
 

*************


「う〜ん……」

 食事を扱う店が軒を連ねる一角を見回して、ジェネルは少し唸る。

「どこで聞き込んでみようかしら……」

 目ぼしい場所がなかなか見つからないまま、ジェネルは何気なく歩を進めた。

「あれ?」

 ふと目に留まったのは昨日ケニーと行ったあの店に外観の雰囲気のよく似た骨董店。

「へぇ……骨董ね」

 店の中の様子を窺い見ていると、後ろからの衝撃がジェネルを襲った。

「うわっ!」

 その衝撃は自分からジェネルを離れて、石畳にドサッと音を立てた。

「……あっ、大丈夫?」

「あれ?お姉さん、お客さん?」

 音の方を振り返れば、ジェネルから少し離れた場所に尻もちをついている少年。

「えっと、あたしは……」

「とうちゃん!お客さん!」

 ジェネルが何かを言おうとしたが、少年は勢いよく立ちあがって店の扉を開けて叫んだ。

「あっ、えっと……」

「最近、品物が手に入んないからお客さん減ったんだよね?見て行くだけでも見て行ってよ」

 嬉しそうにニカッと笑う少年に、ジェネルは少しおかしそうに笑って少年の後に続く。

「良い雰囲気のお店ね?」

「当たり前じゃん、お姉さんモグリ?」

「何でそうなるのよ」

「この店、自分で言うのもなんだけどかなり人気の店なんだぜ?安くて良い物を置いてるから」

 少年の言葉に、ジェネルは不思議そうに店内を見回す。

「……さっき品物が手に入らないって言ってたわね。何で?」

「この街に品物が入ってこないんだって……どうせ御貴族様の娯楽に費やされて品物を下におろしてくれてないんだろうって」

 少年の言葉に、ジェネルが眉根を寄せる。少年が奥へ引っ込むのと入れ違いに男が一人姿を現した。

「おう。ジョーイ、ちゃんと遊べよ?」

「解ってるよ〜」

 男の言葉に、嬉しそう少年が返事して姿を消す。

「……元気ね?あの子、遊ばないの?」

「あん?ああ。あいつは学ぶことが好きでね。なかなか遊びに行こうとしないんだ……そんなに勉強ばかりしなくても良いのにな」

 男の言葉はとても悲しい響きでジェネルの耳に届いた。

「……何かあったの?」

「ただの不景気ですよ!気にしないでください」

 歯切れの悪い男の言葉にジェネルは先ほどの少年の言葉を口にする。

「貴族の娯楽のせいで品物が入らないんだって?」

 ジェネルの言葉に男は少年の姿を消した方を睨んだ。

「ジョ〜イ!」

 唸るような男の声に、ジェネルが制止の声をかける。

「ああ、ごめんなさい。あたしが無理に聞いたのよ」

「あ〜すみません。お客さんに―――」

「不景気って言うけれど生活は大丈夫なの?」

 男にズケズケとする質問に男は頭をかいた。

「まぁ、生活は大丈夫ですよ……生活は」

「……生活以外に何かあったの?」

「ジョーイは勉強が好きでね。貿易の道に行きたいらしくてな……そっちの学校に行かしてやりたかったんだけど。無理になったと言っても笑ってたあいつが……凄く悔しくてね」

 思い出したのか、男の目に涙が浮かんだ。

「母親は早くに亡くしたから、色々と物わかりが良い子どもになっちまった。それが申し訳なくてな……」

 悔しそうに瞼を覆う男。それを見て、ジェネルの頭に過ったのはトゥインとジェミニの姿だった。

「……もし、品が手に入ったら進学に間に合うの?」

「えっ?」

 ジェネルの言葉に男は驚きの表情を向ける。

「だから、一か月以内に品物が手に入ればまだ間に合う?」

「……まっ、まぁ。ジョーイの新学は来年の春だからな」

 不思議そうな表情の男にジェネルは満足そうな笑みを浮かべて扉に手をかけた。

「じゃぁ、ちゃんと勉強させておいてよね?」

 訳がわからないと言う表情で固まった男を振り返ることもなく店を出る。何かを決意したように迷いのない足取りである場所へと向かった。






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