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□一番星見つけた
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 地元の中学・高校を出て、大学に上がるとき。家族に無理を言って、俺は本土へと出てきた。中学からの仲間の中には、本土に出てきたやつもいたが、住むところも進路も当然掠りもしなかった。だが、一人ひとり別々の場所にいる今も、時折連絡を取ることだけは忘れなかった。
 そして、本土に出てきて三年目。明日は久々に全員が揃う予定だ。そんな心が浮き上がるような予定の前に、どうにか積まれた課題に目処をつけなくてはならない。彼らと集まる以上、騒ぎが深夜まで続くことは目に見えている。提出の早いものからひとつ、ふたつ終わらせておかなければ後に地獄を見るのは自分だろう。
 家に帰ればやらなければならない家事が待っている。少し課題に手を付けてから帰ろうと、俺は喫茶店に入った。
 喫茶店は案外空いていて、一番奥の席を陣取った。パソコンを点けて、カタカタと打ち込み始める。こういうときばかりは回転の速い頭に感謝したくなる。
 何分経っただろうか、横に座る人間からの視線を感じて、俺は顔を上げた。

「あぁ、やっぱり」

 そいつはそう言って、頬を綻ばせた。忘れるはずもない、中学の全国大会初戦の相手。六角中の、佐伯だった。

「…君は……」
「久しぶりだね、木手」
「…えぇ、久しぶりですね。佐伯クン」

 中学の秋の合宿や、高校の全国大会でも顔を合わせていた。が、特別会話をしたことは殆どないと言ってもいいだろう。
 と言うよりも。避けていた、と明言した方がいいかもしれない。
 俺は、六角中の人間と話すのを、可能な限り、義務的なこと以外は、間違いなく、避けていた。

「こっちに出てきたのかい?」
「えぇ、大学はこっちを受験したので」

 昔から変わらない爽やかな笑顔に、心の奥底がむしゃくしゃする。
 その理由は、自分でよく解っている。そんな爽やかな顔、自分には出来ないからだ。自分では決して得られない何かを、佐伯は持っている。
 そっか、と頷く佐伯に、複雑な心境を悟られたくなかった。俺は感情を誤魔化す為に、目の前にあるパソコンのディスプレイを傾けた。

「…君はどうしたんですか。六角は、千葉だったと思いますが」
「あぁ、たまたま買い物に出てたんだ」

 それはとても簡単な答えだった。まぁ、それもそうだろう。千葉から東京ならば、決して遠い距離ではない。
 暫く二人で近況を話していた。そんな中、俺は小さく息を吐いた。
 言ってしまおうか。
 ふと、自分の中で芽生えた思い。爽やかな。良くも悪くも裏表のない佐伯と話していたからだろうか。たまには素直になるのもいいのかもしれない、と自分に見切りをつけて、俺は佐伯の目を見据えた。

「…昔。中学の全国大会の時、我々がしたことですが。謝っても許される問題ではないと解ってはいます。それでもどうか、謝らせてください。申し訳ありませんでした」

 今出来る限り深く頭を下げると、佐伯は、慌てたように言葉を紡ぐ。

「き、木手。顔を上げてよ」
「ですが」
「いいから!」

 そこまで言われて下げている訳にもいかず、俺は顔を上げた。佐伯は複雑そうに眉根を寄せていたが、すぐにふう、と息を吐いた。

「…本当は、中学を卒業するときに言われてたんだ」

 何をだろうか。思い当たる節がなくて、今度は俺が眉根を寄せた。

「オジイにね。君たちのことを許してあげなさいって」

 その言葉に、目を見張った。

「だけど俺たちはその言葉を受け入れるにはまだ幼かったんだと思う。その言葉を聞いてからも、ずっと君たちを避けてた。でも、本当は解ってたんだ。当人であるオジイが言うなら、俺たちは早くそれを受け入れなくちゃいけなかったんだ」

 どうやら、避けていたのは俺たちばかりではないようだった。そのことを知って、心なしか安心した。

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