ハイキュー!!

□愛しい君と
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タタタタ、布団を頭まですっぽりとかぶってスマホをタップする及川は、怒っていた。
否、拗ねているといった方が正しい。
眉を寄せて頬をふくらまして、明らかに拗ねていた。
「もうっ、岩ちゃんったらほんと酷い…」
その上、小さな声でなにやら岩泉の悪口のようなものを呟いている。
「あーっ、もう!」
突然布団をはねのけて、及川は枕にスマホを投げつけた。
投げつけられた可哀想なスマホは、ぼふ、と柔らかい音をたてて枕に沈んむ。
「なんで岩ちゃん帰ってこないの…」
はぁ、と大きなためいきをついて、及川は四つん這いになり机に乗り上がる。
手を伸ばしてカーテンを開ければ、辺り一面銀世界、雪が月の光を浴びて、キラキラと反射している。
だが、及川の興味はそんな所にはない。
濃い茶色の瞳が見つめるのは、真っ白で大きな粒の雪が降り続く向こうに見える、岩泉の家に続く消えかけた足跡。
及川の家の玄関から続くそれは、一方通行の足跡のみだ。
丁度、二階の及川の部屋から見て真正面に、岩泉の部屋があり、及川は緑のカーテンがしっかりとしめられているそこを睨んだ。
しっかりとカーテンがしめられているとはいえ、レールの隙間から光が漏れていたからだ。
ぷぅ、という間抜けじみた効果音をつけても違和感がない程に、及川はまた頬を膨らませた。
今は12月31日の午後11時50分。
15分前までここにいた岩泉は、ふいに時計を見ると思い出したように「忘れ物してきたから、とってくる」と家に戻っていったのだ。
そのとき、及川は丁度スマホでゲームをしていたため、生返事を返しただけだった。
確かに、岩泉は何分で戻ってくる、なんて言わなかった。
けれども!と、及川は一人叫んで机の上に飛び乗り、演説するようにガッツポーズを決める。
二人で新年を迎えて、そのまま近所の神社に初詣に行くのは、毎年のことだ。
最早、恒例行事といっても過言ではない。
思い返せば、中学生の頃からだ。
お互いの家でこうして年末を過ごすことは、付き合いはじめても変わらない。
それが今、もうかれこれ55分になっても帰ってこない岩泉によって、終止符を打たれそうになっている。
サァ、と及川の顔が青ざめる。
このまま岩ちゃんが、もう俺と別れるとか言い出したらどうしよう。
ムンクの様なポーズで、及川はふらふらとスマホの元へ歩いていくと、座り込んだ。
「うぅ…」
僅かに涙を浮かばせながら、スマホを見る。
残念ながら、先ほど送ったメールへの返信はまだきていない。
いつになったら戻ってくるんだよ、岩ちゃんのバカ!内心で毒づいたとき、及川は横にあるPCの画面の中で、何かが光るのを見た。
不思議に思い、そこを凝視すればもう一度チカッと光る。
それは真っ暗なPCにうつっている、こちらの景色だった。
真っ暗な世界の、丁度本棚の二段目で光るそれに、及川はまさかと頬をひきつらせる。
振り向いてそこに近寄って、及川はいっそう大きなためいきを再び吐くことになる。
「岩ちゃんスマホ置いてってんじゃん!」
返信が帰ってこないはずだよ!うわああああ、と及川は頭を抱えて、唸りながら天を仰いだ。
「どうすんのこれどうしろっていうの」
うろうろと顎に手を当てて、室内を歩き回る及川は、ふと思い立ったように顔を上げた。
「よし!岩ちゃんを迎えにいこう!」
宣言した及川が、布団を飛び越えて走り出したその時。
「…お前、なにしてんの」
丁度帰ってきた岩泉が襖を開けた。
笑顔のダッシュポーズで固まった及川に、たっぷり3秒、冷ややかな視線が浴びせられる。
「え、え?いや、岩ちゃん遅いから迎えにいこうかなぁー、なんてぇ…」
突然のことに、ははは、と目を逸らして笑う及川に、岩泉は今度は軽蔑のような視線を浴びせて言った。
「へえ、それはどうもお疲れ様だな」
お前の頭が、付け足して嘲笑するように見下した岩泉の腰に、及川は泣きついた。
「やめてぇええ!?そんな視線むけないで!絶対信用してないよね!?ねえ!?」
「うっせえバカ及川!!」
鬱陶しく騒ぐ及川に、岩泉は怒鳴ると、
「ごふぅっ!!」
思い切り膝で鳩尾を蹴り上げた。
蛙が潰れたような声を上げた及川は、鳩尾を押さえてその場に踞った。
「ったく…まあ、あー…遅れて悪かった」
時計を見て、納得したのだろう。言った岩泉は、及川を跨いで窓の前辺りに立つと、少し視線をさまよわせた後、ずいっと左手を前につきだした。
その左手に握られているのは、勢いで揺れた赤い紐と、その先に繋がる白い紙袋。
「がほっ…え…?岩ちゃ、ごほっ…なに、これ」
咳き込んで四つん這いになりながら尋ねた及川に、岩泉は視線を逸らして呟く。
「クリスマスプレゼント、貰ったのに返せてなかっただろ、だから…」
そこまで言って、顔を真っ赤にした岩泉は、それを及川の顔面に向かって投げつけていた。
「黙って受け取っときゃいいんだよ!」
クソ及川が!察しろ!照れくさいのか、怒った様に付け足した岩泉だったが、刹那、呼吸を忘れていた。
ぽかんとしたまま固まる及川は、眼がキラキラと光っているように見えて、だけど、それはいつもの作ったような顔ではなくて。

つまり、とても綺麗だったのだ。

「岩ちゃん…」
及川の声にはっとして、呼吸を忘れていた自分に気づいた岩泉は、途端に恥ずかしくなってぶっきらぼうに「なんだよ」と返す。
だが何も言わず、俯いた及川を疑問に思い、恐る恐る近づいて顔を覗き込んだ。
「おい、おいk「岩ちゃああん!」ぁっ!?」
岩泉の言葉を遮って突如叫んだ及川は、そのままタックルでもする様に、岩泉に抱きついた。
そのままの勢いで押し倒された岩泉は、布団の上に倒されたとはいえ、僅かな痛みと重さに呻いた。
だが、そんな岩泉にお構い無しの及川は頬擦りをしながら、ぎゅぅっと強く抱きしめた。
「岩ちゃん岩ちゃん岩ちゃんんんん!」
「ちょ、おまえ重い…んだ、よっ…」
喘ぐように言った弱々しい岩泉の声が、興奮MAXの及川に届くはずもなく、頬にキスまでし始める始末だ。
「岩ちゃん大好き!もう大好き!!」
話を聞かない及川を、岩泉はとうとう振り落とした。
再び蛙が潰れたような声をだした及川に、岩泉は嬉しがればいいのか怒ればいいのか、微妙な気持ちになりながらも時計を見上げて、あっと声を上げた。
そして起き上がり、横から抱きついてきた及川の背中を、容赦なくバシバシと叩いてから、思わず大声で告げた。
「おい!もう残り3分だぞ!」
「えっ!?」
流石に反応して時計を見上げた及川は、同じように短く驚嘆の声を上げる。
「うわあああ、もうすぐ今年終わっちゃう!」
姫初めしようと思ってたのに!叫ぶ馬鹿を岩泉は全力でスルーした。
「ほら、毎年恒例の抱負決め、やるんだろ?」
呆れたように言えば、及川はぴんっと背筋を伸ばして顔を綻ばせる。
これもまた、毎年の恒例行事のひとつになっていて、二人で来年の抱負を決める。
特に深い意味はなくとも、平和を感じるこの時が二人とも大好きというのがこれ続いている意味と言ってもいい。
「うん!よし、急いで決めよう!」
えっと…考え初めた及川に、まだ決めてなかったのかよ!と突っ込みを入れたいのを堪えて、岩泉はごほんと咳払いした。
「じゃあ俺からな」
「え、ちょ、まって!」
焦る及川を「決めとかないお前が悪い」と一蹴して放置することに決める。
「俺の来年の抱負は"日進月歩"だ」
日進月歩、日に月にたえず進歩していくこと、常に成長していくということだ。
「おおっ、さすが岩ちゃん。男前!」
今のままで満足をせず、少しでも成長しようという、努力家な岩泉らしい抱負だ。
「からかうな、それより早く決めろ」
ほら58分になったぞ、からかうように言う岩泉に、及川は急かされるように叫ぶ。
「はいっ、はい!決めた!」
「お前にしては早いな」
驚く岩泉に、ふふんとどや顔をキメてから及川は己に親指を向けて自信満々に言った。
「俺は"不当不屈"!強い意思をもって、どんな困難にも屈しないこと、だったよね?」
どや顔のまま確認をとる及川に、岩泉はあきれながらうなずく。
「自信ねえのによくどや顔すんなお前。ま、でもお前らしくていいじゃねえか」
「結果オーライだよ!」
えっへん、と胸を張る及川をいつもならどつくところだが、気分が高まっているのは岩泉も同じだったようで、笑っただけだった。
その様子に、及川はたまらなく愛しくなり、パソコンをテレビモードで起動させると、布団の上で御座をかく岩泉を、後ろから抱きしめて布団に転がった。
「うぉ!」
驚いた岩泉は僅かに叫んで、それから寝返りをうって責めるような視線を及川に向けた。
だが、及川は悪びれもせずに楽しそうに笑った。
「あと20秒で今年が終わります!」
つられて岩泉が笑ったとき、
テレビの中のアナウンサーの、はしゃぐ声が時刻を知らせる。
「ほら、カウント始めよう岩ちゃん!」
及川が腰を抱いて体をぴったりと密着させながら、手に指を絡める。
「15!14!13!」
アナウンサーと周囲の数える声にあわせて、二人でカウントをはじめると、及川のふわふわの髪が顔にかかるくずぐったさに、岩泉は身を捩って笑った。
「岩ちゃん」
及川が岩泉の名前を呼ぶ。
いつもより低い声に及川を見れば、真剣な眼差しで岩泉をみつめていた。
「来年は、絶対に勝つよ」
ぎらり、一瞬及川の瞳が獣のように光った気がして、岩泉はぞくりとしながらも応えた。
「ああ、絶対に負けねえ」
負けないくらい真剣に見つめ返して言えば、及川はにっと歯を見せて笑った。
「5!4!」
テレビのカウントがいよいよ本格的なものとなっていく。
「「来年こそ、絶対全国制覇だ!」」
二人の声が重なった瞬間、カウントは1を迎え
「ハッピーニューイヤァアア!!」
パパパパンッ、テレビからクラッカーやらなんやらの凄まじい音が響く。
それと同時に、岩泉は及川の首に抱きついた。
「あけましておめでとー!」
ぎゅうっと及川も岩泉を抱きしめ、満面の笑みで祝福の言葉を叫んだ。
「あけましておめでとう」
岩泉もそれに続いて挨拶の言葉を送る。
「来年も頼んだぞ」「来年もよろしくね」
声がかぶり、また二人でけらけらと笑った。

願わくば、この時がずっと続かんことを。

昔読んだ小説で、女がこんなことを言っていたのを思い出して、岩泉は笑いながらも納得していた。
これほどに幸せな時を手放すのは、確かにとても惜しい。
だからか、と、内心呟いて空気を掴んだ。
見ただけではそこになにもないけれど、幸せな想いはそこに握られている。
だから、これが枯れてしまわない様に、新しい幸せを定期的に注いでやらなければならない。
なんて、そんな屁理屈をつけておかなければ、この幸せが続いてほしいなんて、恥ずかしいことを言えるわけがなかった。
お互いの体温を感じながら、二人はただただ、この幸せをいつまでも願う。
そうして、何よりもお互いが愛しいと改めて感じては

「岩ちゃん大好き!!」
「うっせえ!バカ及川!」

二人は今日も世界の中心で、絶叫するように愛を叫ぶのだ。
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