薄桜鬼

□一途な光
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季節は本当に
目まぐるしいもので、
ついこの前暑さ厳しい
夏が来たと思えば
すでに通り過ぎ、
秋雨の季節に至っている。


この時期の気温の
変動は不安定で、
蒸し暑い雨の日もあれば
身を震わす風が吹く日もあった。


今日はより一層
秋に近づいているのか、
いつもより肌寒い。

青々としていたものから
色を変え始めている葉が、
どんよりした曇天から
降り注ぐ雨に打ち付けられる
景色を一目眺めてから、
お茶を乗せたお盆片手に
目の前の襖にノックをしかけて
手を止めた。

「っと…
 もう西洋式じゃないんだった…」

一人ポツリと呟いて、
息を吸い込んだ。

「歳三さん、
 入ってもいいですか?」

「……千鶴か、入れ」

呼び掛けて間も無くして
返事が返ってくる。

襖を引いて
歳三さんの顔を見ると、
堪えたように
笑っているのが伺えた。

「今日は少し冷えるので、
 温かいお茶をお持ちしました。
 …歳三さん、
 何か面白いことでも
 あったのですか?」

歳三さんにしては珍しく、
笑いを堪える限度を
いつもより越しているというか、
笑っては駄目だと感じているのか
挙動を隠すように顔を背ける。

「ど、どうされたんです?
 何があったんですか?」

「独り言が聞こえたんだよ。
 まだ…ノックの癖が
 抜けてないんだな」

「!!」

咄嗟に顔が熱くなった。

「き、聞こえてたのですか?!」

穴があったら入りたい気持ちで
手に持っていたお盆で顔を隠す。

「なぁに、おまえのことだ。
 この季節になると
 思い出すんだろ」

それまで笑いを堪えて
細めていた目が、
突然昔を懐かしむ瞳に変わる。




「……はい」



季節はちょうど、
昔蝦夷地に渡った頃と同じ。



「外の風景を見て、
 つい思い出してしまいました」


新選組隊士は
若干名いたものの、
本質的には新選組では非ず。



その蝦夷地で歳三さんはついに、
それまで身を投じてきた
最前線から撤退した。



「蝦夷地か…」


すでにあの時から
幾年と過ぎていて、
今更ながら思い出すのさえ
疑問になる。

歳三さんは懐かしむように
目を伏せて
柔らかい笑みを浮かべた。



「いろいろ、ありましたね」


そんな一言では現し切れないのは
百も承知だった。


しかし、この言葉につきる。




すると、歳三さんが
私に手を差し伸べる。

その手を取って、
歳三さんに身をすり寄せた。

逞しい腕が私の肩に回る。

「俺の手元に残ったのは千鶴、
 おまえだけだが、
 何も後悔なんてしてねぇ。
 むしろ、
 おまえが残ってくれてたからこそ
 今の生活に価値があるってもんだ」



真っ直ぐにぶつけてくれる感情に
目尻が熱くなるのを感じた。
その言葉の裏には、
これまで出会っては散った
多くの人の姿がある。



私は抱き寄せられたまま、
歳三さんの胸元に
手のひらを重ねる。




「残ったのは
 私だけではないです。
 同志として
 その時代を駆け抜けた
 近藤さん、山南さん、
沖田さん、斎藤さん、
 平助君も、原田さんも、
 他にも数え切れないほどの
 人達の意志が
 ここにはあります」

目を閉じて、
歳三さんの鼓動を感取る。


名前を呼びながら
一人一人の顔を思い出し
記憶を掘り起こすと、
心が暖まった。



「そうだと…嬉しいんだがな」


そう呟いた歳三さんの顔は、
私の言葉を喜んでいるような、
良心の呵責に苛まれているような、
物憂いような複雑な
笑みを浮かべていた。





「そうか…。
 あいつらの意志…か」


噛み締めるかの如く
囁いた声音は、
驚くほど穏やかだった。







その時、障子から
一筋の光が零れてくる。



「外、明るくなりましたね。
 雨が止んだのでしょうか?」


「かもしれねぇな。
 どうもどんよりとした
 天候が続くと
 思い耽っちまって良くねぇな」


「それもそうですね。
 気分転換にお庭を歩きますか?」


「おう、そうするか。
 弱気なとこ見せて悪かったな」


「いいえ、どんな歳三さんでも
 支えていけるのが私で、
 嬉しいです」


「全く…おまえには敵わねぇ」



心に負う影が彼を苦しめる時は、
彼が崩れてしまわぬよう
照らすのが私に出来る
唯一のこと。


この太陽のように。




end

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