薄桜鬼

□幾年越しの想い
1ページ/1ページ









眩暈のするような
強烈な陽射しが降り注ぐ。


手をかざして空を仰げば
ギラギラと地上にいる私を
あざ笑うような太陽と
それを応援するような
蝉の鳴き声が耳に纏う。


賑やかな町の中に私は一人佇む。




ああ、私はいつまで
此処で待たなければ
ならないのだろう…。








「ちーづるー」



遠くから私の名前を呼ぶ声がする。

この声は確かに、
今待ちわびている人の声だった。


声のするほうを振り向けば、
片手を大きく掲げて
左右に降りながら、
身軽な体を上下させ
思い切り走ってくる姿が見えた。


「平助君!」


待ちわびた愛しい人を前に
綻ぶ顔を止められない。

もうどれくらい待たされたか
分からないくらいで
内心呆れていたはずなのに、
一目姿を見てしまうだけで
全て払拭されたように
笑ってしまった。


「ほんとごめん!
 こんなに…待たせるつもりは
 無かったんだ」


相当本気で走ってきたのだろう、
平助君は私の前に着いた途端
顔を俯かせ手を膝に当てて
荒い息を整えている。


「平助君、大丈夫?
 私なら平気だから、
 あそこの木陰で少し休む?」

「えっ?いや、そろそろ夕刻だし
 早く帰ろうぜ」


どうしてだか
日暮れを気にする平助君は、
喜んでくれると思った
私からの提案を即座に却下した。

それどころか私の手を引き
家路につく始末。


「ああっ、平助君…!?」

大股であるく平助君に
遅れを取らないように、
足をもつれさせながら
いそいそと歩く。

「急いでるようだけど、
 どうしたの?」

そう問いかけても
嘘をつくのが上手くない
平助君からは
納得のいく返答は返ってこない。



なんとなくだけれど、
悪いことは
考えてはいなさそうなので
それ以上追求はしないでおこうと
思っていた。


しばらくして
歩くことにいっぱいいっぱいな
私に気付いて歩を止め、
それからは肩を並べて
ゆっくりと歩いてくれる。


「ごめんな、気付かなくて」

「ううん。
 それより平助君、
 その風呂敷って、
 何を包んでるの?」


改めて平助君を見ると、
手を繋いでいない方の手には
風呂敷が握られていることに
気付く。



「え?ああこれは、
 帰ってからのお楽しみな」

またはぐらかされたのだけれど、
繋いだ手を離して
嬉しそうに私の頭を撫でた後
また手を繋ぐ。

「ふふ、わかった」

「千鶴、ぜってー喜ぶから!
 覚悟してろよ」

白い歯を見せて無邪気に笑う。

わだかまりは
消えたわけではないけれど、
平助君の言葉に
妙に嬉しくなってきて、
無意識に私も家路を急ぐのだった。












それからと言うもの、
帰宅後すぐ事情は
説明してくれず、
いつも通り膳を用意して
夕食を済ませる。



食後のお茶を
二人でゆったりと飲みながら、
さっきまで夕刻が近づくといって
焦っていた平助君を
不思議に思い見つめた。


「ねぇ、平助君。
 お昼に出掛けた時のこと、
 いつ話してくれるの?」

そう問うや否や
平助君は湯呑みを机に置いて
暗くなり始めている空を尻目に
口角を上げた。


「そうだな、
 そろそろ準備しないとな」

キョトンとする私をよそに
先程の風呂敷を引っ張り、
私の側に腰を下ろす。

机に向けていた体を
平助君の方へ向け、
向き合う私達の間には
その風呂敷が誇らしげに陣をとる。


ついにご開帳したその中身。


「これ……浴衣?」

浴衣は夏に着衣するため、
もちろん今私が着ているのも
浴衣なのだけれど。

「そ、新しい浴衣」

そう言うと襟元を持って
立ち上がり、
全体像を見せてくれる。

胸元は淡い桃色で
足元に降りていくにつれ
紫色に色調が変化している。

柄は今の季節に涼しい
水の波紋で、
水面に散りばめられたように
桜の花弁が浮かんでいる。


「綺麗…」

「だろ?」

目を輝かせて喜ぶ私に
得意気に頷く。

「でも…どうして?」

ただでさえ裕福な暮らしは
出来ていないのに、
こんな良さそうな物を
買ったのだろう?

全てを言葉にせずとも
伝わったのだろう、
浮かべていた笑顔を引きつらせて
人差し指で頬を掻いた。


「まぁ…ま!
 そんなこと気にせずにさっ!
 時間もないし早く着てこいよ!」

未だ時間を気にする平助君に
疑問を持ちつつ、
私は別室にて
着替えることになった。











数十分後。



平助君の待つ部屋の
木戸を開ける。

物音に敏感に
反応していた平助君は、
木戸を開けて
私が室内に目をやった時には
すでにこちらを見ていた。



「千鶴…」


平助君からの贈り物が嬉しくて、
出来るだけ綺麗に着こなしたくて
化粧も髪飾りも付けてしまった。


平助君は私の名前だけ
呼んで呆然と口を開けるだけ。


「あ…似合ってない…かな?」

何も言ってくれないことに
不安になって俯くと
床を蹴った音がして、
あっという間に私の目の前に
来ていた平助くんが
私の手を取るから、
驚いて顔を上げる。

「そんなことない!
 似合ってる!
 すっげぇ…き、綺麗だ…」

改めて間近で見て、
平助君は顔を赤らめる。

「…ありがとう」

そのまま数秒見つめあっていると
平助君は何か思い出したようで、
あっ!と声を上げた。


「支度が出来たなら、行こうぜ。
 時間もちょうど良いと思う」

「えっと、どこへ?」

「それもまだ内緒」




雪村の故郷で暮らす私達の家は
人里から少し離れた場所にある。

人里へ近い山の高台へ登り、
木々も開けた見晴らしの良い場所で
平助君は足を止めた。



まるで私達がここに辿り着くのを
待っていてくれたかの如く、
月明かりだけが照らす
真っ暗な夜空に、
光の大輪が咲いた。

「え?花火…?!」

人里からは離れているため、
音が光よりも数秒遅れて聞こえる。

お腹の奥まで響く、弾ける音。

「ああ、ちょっと前町に出た時
 掲示板で知ってさ。
 千鶴も喜ぶと思ったんだ」

花火が私達のいる場所を
俄かに照らしては、消える。

「ずっと前にさ…」

平助君は懐かしむように
目を細めて話し始める。

「千鶴と一緒に送り火見れた日
 あったろ」

「うん、あったね」

あの時、新選組とは別の道を
歩いていた平助君と
親しく話せなかった。

「俺は御陵衛士で、
 ただ市中を見回ってただけで、
 新選組とは交流しちゃ駄目で、
 それでもあの人混みの中
 出会えた俺達って
 すごいと思うんだ」

「うん、私も
 平助君見つけた時は
 すごく嬉しかった」

手を握る平助君の手が、
より一層強くなる。

どうしたのかと思い
花火から目を外し見た平助君は、
歯痒そうな表情をしている。

「あの日どうして
 浴衣だったのかとか、
 誰がそうしてくれたのかとか…
 実はすっげぇ気になってて。
 もっと前に舞妓になった時、
 次に女の格好する時は
 俺の前だけって約束もしたのに、
 ずっと悔しかったんだ」

いつもより低い声で
過ぎ去った想いを話していく。

時折花火の音が声を掻き消し
雑音となってしまうが、
今はすぐ隣にいる
平助君だけの言葉だけに
耳を傾けた。

「あの日から、
 もっと千鶴に似合う浴衣を
 贈ろうって決めてた」

虚空を見つめていた
平助君の顔が漸く私に向くと、
ふと私の頭を見て
満面の笑みになった。

「今は隣に千鶴がいて、
 ずっと考えてた贈り物も出来て、
 こんなの許されんのか
 ってぐらい幸せだ。
 俺はもう千鶴の側から離れない」

「愛する人の側にいれて、
 私は平助君以上に幸せだよ」

花火の色なのか、
平助君の頬の色なのか、
光に照らされて露わになる
私達の顔は赤く染まっていた。


お互いが側にあり続ける限り、
私達の幸せは続く。





片手には愛する平助君の手を。

もう片手は以前平助君から貰った
簪に触れながら。


花火を前にそう確信した。





end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ