薄桜鬼

□寝顔
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「・・・千鶴ちゃん」



春うららかな風と
共に私の頬を掠めたのは、
おおらかな愛しい人の声音。


その余韻を味わわせるように
愛しい人の指が私の頬に触れた。



何とも心地良くて、
けれどそれがいつまで
続くか分からなくて、
多少の不安を抱き
重たい瞼を開くと、
目の前には
眩しい日射しから庇うようにして
私の顔に影を作る
その人の顔があった。



「総司 、さん?」


私の記憶では
小春日和の原っぱの中、
二人で寝転び昼寝をした
はずなのだけれど
いつの間にか私の頭は
総司さんの膝元で擁護されるような
体勢になっていた。


日課になっているお昼寝
という幸せなひとときは、
私が総司さんの目覚めを待って
終わることが大抵で、
今日のようなことは滅多にない。


「総司さんが先に起きるなんて、
 珍しいですね」

寝起きなばかりに思考が回らず
ただ率直に思ったことを
ゆったりと喋る。

目元を擦りながら
起き上がろうと
膝元を離れかけた時、
肩を押さえられてもう一度、
寝転ばせられる。


何が起こったのか
分からない私に、
総司さんの屈託のない笑みが
降り注いだ。


「たまには千鶴ちゃんの寝顔を
 ゆっくり見るのも
 いいかなぁーって」


なんとなく
総司さんのしたことが分かって、
総司さんとは違う含みを持つ
笑みを浮かべた。


私は総司さんの目元へ
手を伸ばして言う。

「もしかして、
 私が寝るのを最初から
 待ってたんですか?」

眠気を我慢していることが
伺える赤味を帯びた目尻。

きっと、私が寝始めた時から
眺めていたのだろう。

「……なんだ、
 バレちゃったの?」

一瞬驚いた顔をするが、
すぐに拗ねたように口を尖らせ
照れた様子で言った。

京で起きたあの事件が
きっかけで出逢ってから、
私は色んな総司さんと
触れ合ってきた。

「ふふ、総司さんのことは
 お見通しですよ」

「じゃ、今度は千鶴ちゃんが
 僕の寝顔見ていいよ」

疑問を投げかける前に、
総司さんは私の上半身を
抱き上げると原っぱに寝転び、
その身体の上に私を横たわらせる。

しっかりと鍛え上げられた
体躯に支えられ、
視線を上げると
至近距離で総司さんと
目が合った。

「びっ、くりした…」

あまりにも突然だったので、
小さな悲鳴を口の端から
漏らすしか出来なかった。

「あれぇ?
 僕のことはお見通し
 なんじゃなかった?」

先ほどの優しい笑みとは
打って変わって
意地悪な表情を浮かべる。


「そ、それは・・・。
 総司さん、意地悪です」

自信満々に豪語したことを
つい悔いる。

「千鶴ちゃんのその
 反応が可愛くてつい」

少し膨らませた頬に
総司さんの手が
触れて撫でられる。

手つきが私にも伝わるほど優しい。

この手に触れていると
不思議と私の心も
和らいでいった。



瞬間、春風がざわつき
二人の間を吹き抜ける。



砂埃を避けるために
総司さんの首筋に顔を埋めた。




「あ、そのまま、動かないで」

風が通り過ぎて
顔を上げようとしたところ、
総司さんに止められる。

「?」

「ん、いいよ」


行動を静止させたのは
ほんの瞬間で、
何か分からないまま
総司さんを見る。


「・・・桜?」


きっとさっきの風で
運ばれて来たのだろう、
5枚の花弁を付けた
桜の花の茎を指先で摘んで
クルクルしている。


「千鶴ちゃんの衣服に
 引っ掛かってたんだ」

「かわいい」

年に1度しか見れない
可愛らしい風物詩に
顔を綻ばせると
総司さんも同じように
頬を緩める。


ふと、
桜を持った手が伸びてきて、
こめかみ辺りの髪をいじる。


髪を触り終えた総司さんが
私から手を離すと、
その手からはすでに
桜の花が消えていた。


「桜が似合うね」


触れられていた所に
軽く手を当てて確認すると、
桜が添えられているようで
髪の毛とは違う触り心地がする。



総司さんが照れ笑いをする。

雰囲気につられて
私も照れてしまう。


「へへ・・」


ゆっくりと総司さんの顔が
近づいてくると、
瞬く間に総司さんの唇が
額に触れた。


「いじける顔も可愛いけど、
 やっぱ笑った顔の方が
 可愛いや」



そう言いながら
おでこに掛かる髪を分けてくれる。


「千鶴・・愛してる」

「私もです」



言うまでもない、
互いの想いを確認しあって
総司さんはずっと
押し殺していた眠気を露わに、
緩やかに瞼を閉じていった。

「おやすみなさい、総司さん」

風にそよぐ
フワフワとした髪に触れ
頭を撫でると
くすぐったかったのか、
フ と笑った気がした。





end

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