二次創作


□:Miss blue.
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以前は青い色をしていたという。
わたしが“生まれる”ずっと前。





 この高台に来るのは初めてじゃない。
 前に何度か来ている筈だけど、記憶にない。
 唯、この高台から見下ろす海は相変わらず、青空には似合わない赤。
 軽く波が立つ、不気味な海。
 この海からは、何の命も生まれない。
 ふわりと海からの風。
 無臭。
 スカートの裾が捲り上がり、リボンが後ろへ靡く。
 それらを構わず、唯唯見下ろす。
「……前はこっから魚を上げてたんだ。ほら、彼処(あそこ)に見える残骸は港の名残でな……全盛の頃はかなり賑わってたんだ……」
 声のする方を向くと、老人が立っていた。
 此方は声がするまで気が付かなかった。
 老人は一頻りそう言うと、その後は眩しそうに海を見詰めている。
「……魚?」
 静かにその老人に訊いてみる。切身すら馴染みが無い。
「……今のは、魚を三枚に下ろす処か、魚自体、見たこと無いんだな……」
 そうか……と残念そうな声色になる。
「……何故?」
「ん……?」
「何故、悲しそうな顔になるの?」
 不思議と訊いてみたくなった。
“何故、残念そうに言うの?”
“記憶と違う風景になったから?”
“もう魚が取れなくなったから?”
“あの頃に戻れなくなったから?”
 わたしには、解らない。
 わたしには、この状況が普通であり、毎日だから。
「知ってるのは、私しか居なくなったからだよ。」
“記憶……”
「人の記憶など、簡単に書き換えられてしまう。それは大事な事かも知れん。今を生きていくには。唯、書き換えられてはいけない大事な記憶も在るもんだ。」
 言葉を絞り出す様に言っている。
“大事な記憶……”
 わたしには、そう言うものが無い。
 何が大事で何が大事でないのか解らない。
 わたしには、自分に対する記憶すら無い。
 わたしという“もの”は既に『誰か』の代用品でしかない。

 わたしという『誰』か。

 その老人から目を逸らし、再び海に目を落とす。
 地平線はくっきりと分かれているのではなく、空の青と海の赤が巧く混ざり合い、淡い色に染まっている。
 足音が近付く。
 そちらを向くと花束を持った女性。
 わたしの隣りに立つと、その花束を海に向かって空高く放る。
 花びらが軽く千切れる。
 海に着くと波に揉まれ、散り散りになっていく花。
「この風景、父は好きだったけど、私は嫌いなんです。」
 彼女はわたしに言うでもなく、言葉を出している。
「……嫌い。」
 静かに問う。
「……えぇ。思い出したくない記憶しか無いので……」
“思い出したくない記憶……”
 わたしにはそう言うものがない。
 わたしに頭を軽く下げると、彼女は来た道を戻って行った。
 気付けばいつの間にか、あの老人も居なくなっていた。
「……綾波。」
 彼女と入れ替わりで男子中学生が呼ぶ。
 物淋しい眼がわたしを見詰める。
 海からの風が、リボンを撫でる。
“……生臭い”
 気になって見遣ると、一面青い色。
 髪の色に似た空は、見慣れた海では見られない。
 所々、強い波が立つ。
 日の光りを浴びて輝くそれは、老人がしたように眩しそうに眼を細めるしか見られない。
 堪え切れずに瞬きをした瞬間、見慣れた海。
“……海の匂い……”
 みだれた髪に指を掛ける。


“思い出そうとすれば、素直に出て来るだろうか……”


 ふと、思う。
 彼の方に向き直り、再び、歩みを進めた。





 : Miss blue...
 
 
 
 
 
 

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