クジラ少女

□いなせな伯父のロコモーション
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 放課後の時間は、あちこちからで生徒が部活に勤しんでいるため活気にあふれている。岩鳶高校水泳部の拠点であるプールは運動部部室棟のすぐ横に建っているということもあり、体育会系らしい怒号にも似た掛け声が聞こえてきていた。本来なら、水泳部も負けずに掛け声を出して体操やストレッチを行うはずである。しかしその日のプールサイドは、やけに静かだった。
 というのも。

「巽が部活に来ないんです!」

 江の言葉に、今日の練習メニューを確認していた男子4人が顔を上げた。視線が彼女に集まる。

「家の事情で休むって、メールで連絡があったけど――」

 言いかけた真琴の言葉を遮って「でも、もう2日も休んでるんですよ」と再び江が言う。
 巽は合宿を最後に、ぷっつりと部活に来なくなってしまったのである。江の話では学校には来ているらしいのだが、クラスが違う男子たちにとって彼女の姿を見たのは合宿の最終日が最後ということになる。
 怜が訝しげに首をかしげた。

「江さん、何か聞いてないんですか?同じクラスでしょう」
「それが聞いても話してくれなくて。『家の事情』って言われちゃうと、なんか聞き出しづらいし…」

 俯く江に、男子たちも思案顔になる。部活に対して熱心で、なにより泳ぐこと自体が好きであるはずの巽が立て続けに部活を休むのは、やはり少しばかり異様な気がした。
 と、その時。

「松岡ちゃーん」
「ん?」

 呼ばれた方に顔を向けると、プールのフェンスの向こうに女子が2人立っているのが見えた。一人は黒髪のショートボブで、もう一人は茶色く染めた長い髪をポニーテールにしている。
 江はどちらの女子にも見覚えがあった。同じクラスの石巻花奈(いしまき かな)と伊東涼子(いとう りょうこ)である。江自身は彼女たちとそこまで関わりがあるわけではないのだが、巽が彼女たちと親しかったはずだ。教室で三人でつるんでいるのを幾度か見かけたことがある。
 江は彼女たちに駆け寄ると、その場に屈んだ。床が高いため、彼女たちに目線を近づける。近づいて見ると、どちらも学校指定のジャージを着ていた。恐らく部活の最中に抜け出して来たのだろう。この二人が同じクラスの構成員でありながら特に関わったことのない江に貴重な部活の時間を削ってまで話しかけるということは、それだけ重要な話題なのだろう。江は真面目な顔をして気を引き締めた。

「石巻さんに伊東さん、どうしたの?」

 江の問いにボブの少女――石巻が口を開く。

「巽、もしかして今日も来てないカンジ?」
「うん、来てないけど…」

 江が頷くと二人は顔を見合わせ「やっぱそうじゃん」「やばくね?」などと話し始めた。経緯が分からず、江は眉をひそめる。

「何か知ってるの?」

 二人は顔を見合わせたまま少し考えるように黙ると、やがて伊東が意を決したのかおずおずと話し出した。

「うちら、巽からちょっとグチっぽいの聞いてさぁ」
「グチ?」
「うん。なんかぁー、水泳部の合宿?行ったことが伯父さんにバレて、めっちゃ怒られたらしくって」
「伯父さんって、巽ちゃんの家の近所に住んでるっていう?」

 いつの間に来たのか、江の後ろに男子4人が集まっていた。
真琴の問いに、伊東が頷く。

「なんかその伯父さんってのが、めっちゃ厳しい人らしくってー。ほら、水泳部って男子ばっかじゃん?そんで外泊とかしたもんだから、超キレてるっぽくて」
「それやけ今、学校以外は外出禁止とか言われてるー聞いてて。…やっぱ部活も来てないんだね」
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